TCKコラム

TCK Column vol.22

疾駆する血の超越 トチノミネフジ(全3話)

芝への挑戦編

3歳になったばかりにもかかわらず、古馬へ快勝してしまう。
そして、3冠を確実に奪取する。
しかし、このころからアラブでのレースで使えるところが次第になくなってくる。
陣営は、サラブレッドへ果敢に挑戦する。
この馬なら結果を出すに違いない、絶対的ではないもののその自信は小さくはなかった。
ファンは、アラブがサラブレッドを実力で負かすレースを目のあたりにする。
そしてついに、芝への挑戦が開始される。

3歳にして日本一

3冠を取った平成5年最後のレースとなるのが、年末の全日本アラブ大賞典である。園田、東海、東北からアラブの強豪が集まってくる、日本一のアラブを決めるレースである。
アラブ王冠から全日本アラブ大賞典まで2ヵ月の調整をしていた。正確にはアラブのレースで使えるところがなくなってきていたのだ。たとえ出走しても収得賞金からとてつもない斤量を背負うことになるのである。だから陣営は、年明けにはサラブレッドへの挑戦を視野に入れ始めるのである。

全日本アラブ大賞典では、安藤勝己が騎乗する5番人気の笠松の女傑、スズノキャスターが先行する。
「交わせないんじゃないかな、という不安が頭をフッとよぎったよ。道中の反応からね。でも直線に向いてからは、この脚なら交わせるなと確信した」。
1番人気のトチノミネフジに騎乗する早田が、道中に心配したのは後にも先にもこのレースだけだった。
スズノキャスターの猛追を振り切って、3歳にしてトチノミネフジは日本一のアラブになった。戻ってきた早田はホッとした表情をみせていた。
トチノミネフジの生産者である元茂光春氏は、レース当日、北海道三石町から駆けつけていた。レース前に、母のカンダサカエが大腸捻転で死んでいただけに、元茂氏の思いは、感極まるものがあったのではないだろうか。

南関東の頂へ

3歳時を8戦8勝で締めくくった翌年の平成6年、4歳にしてついにサラブレッドのへの挑戦を始めるのである。
使えるサラブレッドのレースは出走するという方針に決まった。相手がサラブレッドということで、絶対ということはなかったが、そこそこいけるという自信が陣営にはあった。

アラブがサラブレッドと混合で走れるオールカマーのレースが船橋の報知グランプリカップである。
当日、早田は地方競馬教養センターでの研修に行かなければならなかった。ゆえに鞍上は高橋三郎騎手に乗り替わっている。
レースでは、中央から移籍して活躍しているサクラハイスピードを交わした途端、気を抜いてしまったが、アレアズマが背後に迫ったらもう一度走り出して、ハナ差で勝利してみせる。戻ってきた高橋騎手はよほど焦ったのか、その顔に笑みはなかった。
この辛勝について高岩は解説する。
「宇都宮もTCKも右回りということもあり、船橋は初めての左回り。それに、左ひざの具合もあってのことだったのではないだろうか」。
初めてのサラブレッドへの挑戦にしての勝利。その勝利に酔いしれるはずだった早田は「当然乗りたかった」と悔しさを隠し切れなかった。

早田が戻った初戦は銀盃であった。昨年は55kgを背負ったが、今回は64kgを背負うことになった。それでも、アラブ相手では2着のカサイオーカンに5馬身差で連覇する無敵ぶりを見せつけたのであった。
次戦での隅田川賞は、早田が「一番思い出に残るレース」と言っている。
「2冠のブルーファミリーに勝ったからね。レース前は、絶対に負かしてやろうと思っていた。ブルーファミリーが先行していて、3番手ぐらいから直線で並んで、そんなには苦労せずに勝った。交わした瞬間、やった!と思った。このレースはオレの騎乗人生のなかでも3本の指に入るレースだね」。
隅田川賞では、クラシック2冠のブルーファミリー、東京大賞典馬のドラールオーカンを含む13頭立て。アラブはトチノミネフジ1頭のみだった。南関東のサラブレッドの強豪をまさに力でねじ伏せたのである。早田とのコンビでサラブレッドに勝利する。13連勝を達成したアラブは、事実上の南関東最強馬に上り詰めた。
また、高岩の指示も的確であった。
「ブルーファミリーが逃げると思うからその背後に付き、3コーナーあたりで少し突っつけばブルーファミリーはそこで脚を使うだろう。だから、直線で競っても間に合うはずだ。直線でブルーファミリーの脚が鈍るから」。
早田への信頼があってこその会心の勝利。
「ブルーファミリーとの勝ち負けのレース。トチノミネフジが強いからこそあのようなレースができるんですよ」。
レースを観戦した南関東のファンは、サラブレッドの強豪を負かしたアラブのトチノミネフジに酔いしれ、ゴール後も感嘆の声で、スタンドがどよめいていた。
連戦連勝を重ねるトチノミネフジ。常に1番人気に推される。だが、鞍上の早田には相当のプレッシャーが毎戦襲い掛かる。プレッシャーと戦う騎手は孤独にほかならない。
「オレはプレッシャーを面に出さないようにしている」。
早田自身にしか理解できない戦いがレースの裏側に潜んでいる。ファンが見ることのできない戦いが……。

芝への挑戦

こうして堂々と、吾妻小富士オープン(JRA、福島)の地方代表馬として、中央のサラブレッドへ挑戦するのである。
陣営は初の芝だけに、少しでも慣れさせるため1週間前に入厩をさせた。しかし、レースまでに芝を走れたのは、追い切りの1回だけであった。あとは内回りのダートコースのみである。規定という名の壁が前に大きく立ちはだかった。
平成6年6月26日。福島は雨であった。コース状況は、芝が切れ、土がむき出しになりボコボコの状態で荒れに荒れていた。
午前中のオッズでは、単勝1番人気に推され、レース直前では2番人気であった。さすが、南関東最強馬。中央、地方問わずファンは、スターホースを求めるものなのだ。陣営もファンの声援にうれしさを隠し切れなかった。
しかし、レースでは本命に推された蛯名正義騎手鞍上のフジヤマケンザンが優勝し、3秒4の大差をつけられ11着と完敗した。
「芝が合わなかったからかな。オレはいけると思ったけど。いつもと違う蹄鉄を履かせていた。それがいけなかったかな。レースの流れに乗れなかったし……」。

芝に合う蹄鉄を推したのは早田自身だった。だからといって早田1人の責任ではないだろう。まるで自分を責めるかのように、敗因を振り返る早田であった。流れに乗れなかったのも通過順位が、3-5-11-13だけに明らかだ。一方、高岩は荒れた芝を指摘した。
「内は芝が切れてほとんどなく、ボコボコで硬かった。あんな硬いところを走ったのは初めてだったはず。だから多少ヒザも影響したんじゃないかな」。
レース前の芝での1度だけの追い切りでは、状態のいいところを走っている。1度きりの芝でのレースですべてを判断するのは酷ではあるまいか。

初の芝コース、荒れて硬くなった馬場など、ツキがなかったといえばそれまでだろう。吾妻小富士オープンのレース内容からも、芝のレースはこれが最後となる。

もしこれがダートだったら、好勝負になっていたはずだ。
その証拠に、フジヤマケンザンは2ヵ月前に、初のダートとなる帝王賞に出走していたのだ。結果はしんがり負けの大敗。早田は、このときアラブが出走できるものならトチノミネフジを出したかったと言っている。
吾妻小富士オープンの当日、トチノミネフジは負けたが、鞍上の早田は大活躍している。
午前中の5レースで、1年半も勝利から遠ざかっているラグビーカイザーを優勝に導いている。
「菊花賞にも出走した馬。もともと能力があるから」。
と謙遜するが、なかなか勝てずにいた馬を勝利に導くのだから、地方騎手の手腕の高さを中央で証明して見せたのだ。

トチノミネフジ 血統表

アラブ血量28.47% 牡 栗毛 1990年4月1日生まれ 北海道門三石町・元茂光春生産
シナノリンボー タガミホマレ
グレナヴアカ
カンダサカエ タランドロス(輸入)
ミスボンジユール

トチノミネフジ 競走成績

年月日 競馬場 レース名 距離(m) 騎手 重量(kg) 人気 着順 タイム
H4.8.27 宇都宮 アラ系3歳 新馬 800 佐々木泉 54 (2) 1 50.4
9.20 宇都宮 アラ系3歳 1,400 佐々木泉 54 (3) 1 1:35.0
10.30 宇都宮 黒バラ特別 1,500 佐々木泉 54 (1) 4 1:37.7
12.4 TCK 赤松特別 1,400 早田秀治 53 (3) 1 1:29.4
12.30 TCK 寒菊特別 1,500 早田秀治 55 (1) 1 1:42.0
H5.1.15 TCK 万両特別 1,500 早田秀治 58 (1) 1 1:35.8
2.28 TCK 椿賞 OP 1,800 早田秀治 52 (3) 1 1:55.6
3.30 TCK 銀盃 2,000 早田秀治 55 (1) 1 2:08.5
5.7 TCK 千鳥賞 1,800 早田秀治 56 (1) 1 1:54.9
6.16 TCK アラブダービー 2,000 早田秀治 57 (1) 1 2:07.1
9.12 TCK スターライト賞 OP 1,400 早田秀治 58 (1) 1 1:28.0
10.7 TCK アラブ王冠 2,000 早田秀治 60 (1) 1 2:07.3
12.9 TCK 全日本アラブ大賞典 2,600 早田秀治 54 (1) 1 2:48.8
H6.1.27 船橋 報知グランプリカップ 1,800 高橋三郎 56 (1) 1 1:53.6
3.23 TCK 銀盃 2,000 早田秀治 64 (1) 1 2:07.0
5.16 TCK 隅田川賞 OP 1,800 早田秀治 57 (2) 1 1:50.8
6.26 福島 吾妻小富士オープン OP 1,800 早田秀治 57 (2) 11 1:50.9
7.25 TCK ワード賞 2,000 早田秀治 65 (1) 1 2:07.1
9.27 TCK 東京盃 1,200 早田秀治 59 (1) 2 1:12.3
12.20 TCK 全日本アラブ大賞典 2,600 早田秀治 56 (1) 1 2:47.2

副田 拓人
1968年「みゃー、だぎゃー」と言いながら名古屋に生まれる。
競馬フォーラム、競馬ゴールド、ラジオたんぱなどを経て、現在フリー編集者。