重賞名馬ストーリー

重賞名馬ストーリー vol.18

初代女王は昨春から母に ベルモントノーヴァ ~東京シンデレラマイル~

 2007年より新設された古馬牝馬による年末重賞、東京シンデレラマイル。前日からの激しい雨で水の浮く馬場をキッチリ捌いて初代女王に輝いたのはベルモントノーヴァだった。

 「この馬場では先で競馬できないと勝負にならない。いつも後方からのノーヴァには厳しい展開になったと思っていたら、石崎駿騎手が前目につけてレースをしてくれた。あれは石崎騎手のファインプレーですよ!」とベルモントファームの豊岡将人さんは歓喜の声を上げた。

 「中央でのデビュー戦はベルモントサンダーと一緒だったんですが、サンダーが勝ってノーヴァは良いところがなかった。血統的に期待していた馬でしたので、じっくり立て直そうということになり牧場に戻しました」。期待が大きかったからこそ時間を掛けられ、ノーヴァの姿が再び戦列にあったのは1年後のことだった。3歳、4歳では旭川、船橋、高知、川崎とチャンスを求めて条件交流戦にも出走。その中で見出されたのが南関東での適性だった。大井の高橋三郎厩舎に移籍したのが4歳暮。B3クラスのスタートから重賞戦線で感触をつかむまでになってはいたが、兄ベルモントファラオ、ベルモントシーザー同様の晩成型ということもあって本格化したのは6歳で船橋の出川克己厩舎に転厩したからだった。

 「牧場経由でうちに来たが、全体に骨格が小さくて、そう見栄えのする感じではなかったからオープンになっていくのか半信半疑。根性で走っていたのか、心臓が強かったのか、血が作用したのか(笑)。でも、ちゃんと人の言うことを聞く従順な面があったし、馬房から顔を出してジャンパーをモゴモゴかんで甘える仕草が本当に可愛らしい馬だった。そのわりにレースが個性的。転厩二戦目は2着だったけど、ズバッと一気に来て強烈だった。そう思っているうちに体調が上がってきた、というか、こっちがノーヴァのことを理解するようになったのかな」と出川調教師。しらさぎ賞では「あっという間」というのがピッタリな追い上げを見せ、トゥインクルレディー賞で豪快に差しきり、3つ目の重賞戴冠となったのが第1回東京シンデレラマイル。

 大井に移籍した初戦、そして船橋時代の手綱を取ったのが石崎駿騎手。「こんなに長く一頭の馬にたずさわるのは初めてだったかもしれない。まさに女馬って感じで、気難しい面があった。その難しさが可愛くて好きだったんだけど(笑)。だから、いつも逆らわないで乗るように気をつけていましたね。ガーッと行く時もあるんだけど、行く気にならないとまったく動かない時もあって、結果的に馬が折り合う位置がたいがい後方だった。自分の中で完ぺきに乗れたっていうのは数少ないんですけど、シンデレラマイルの時は全部がうまくいった。57キロはあの馬の中でギリギリのラインかと思ったし、馬場状態もあっていつもの切れ味が期待できないかもしれないと思って早めにいった。それにしっかり応えてくれて強い競馬をしてくれた」とまさしく完勝だった。「最後は必ずいい脚を使い、勝負根性で並んでから負けない。それがあの馬の強さなんだけど、気が強いっていうのが脆さにもなっていた。蹄が弱いのに多少のことならシャンシャンしていっちゃうんで、弱音を吐かず我慢しちゃうから。厩務員さんとも見極めが難しい、ってよく話していました」。

 蹄の弱さもつきまとった。「脚元は丈夫なのに蹄が硬く蹄叉腐乱にもなりかねない。去年は馬房にウッドチップを敷いていたので保湿を考えて前の二本、蹄鉄の上から靴下を履かせて蹄を守ってた。今年になって寝わらに変えたことで蹄の具合がいいと思っていたら、最終的に裂蹄が見つかって引退を決めた。7歳になって競馬も楽ではなくなっていたからね」(出川師)。

 クイーン賞を目指して調整されていた11月27日に小さな裂蹄が見つかると、繁殖入りの話が速やかに進み、12月1日には生まれ故郷のベルモントファームに向けて出発した。

 それから約一ヶ月。競走生活の緊張感を解かれたノーヴァはリラックスした毎日を過ごしているという。


第1回東京シンデレラマイル ベルモントノーヴァ号

中川明美 (競馬ブック)

※この原稿は、過去のレーシングプログラムに掲載されたものに、加筆・訂正を加えたものです。