重賞名馬ストーリー

重賞名馬ストーリー vol.17

豪快にマクった個性派 ホワイトシルバー ~東京大賞典~

 東京大賞典の半世紀にわたる歴史のなかでは数々の名勝負が繰り広げられてきたが、当時の2800mという長丁場を3角ひとマクリという強烈な勝ちパターンで決着させた個性派がいる。平成5年に戴冠した牝馬、ホワイトシルバーである。

 11戦2勝という成績で北海道からやって来たのは2歳(現表記)の秋。転入条件をわずか2万円クリアしての移籍。「薄っぺらくて貧弱な馬体で、後ろ向けば腰骨が出てトモがおにぎりみたいに尖ってた。しかも馬房の前を通ろうもんなら首を伸ばし、身を翻して飛びついてくる。こりゃ、大変な馬がやってきたと思ったよ」とホワイトシルバーの主戦ジョッキーとして活躍した荒山勝徳騎手(現調教師)。

「カイバを食べようとしないから、せめて消耗が少ないように調教で軽く乗ろうとするんだけど、首をラチの方に向けてテンション上げっぱなし。ゲートは入るのも中にいるのも嫌がるからロープで立たないようにしたり、ゲートにカイバを吊して与えながら中に長くいる練習をさせた」と、手のつけられない問題児だった。

 大井初陣にこぎ着けたのは暮れのこと。「いざ使ってみたら勝ちっぷりが強烈でね。ケツの方から向正面一気に上がっていったがちっともバテない。のちのち考えてみればだけど、重賞連勝した時の勝ち方そっくりなんだよね。それからは後ろからいって何とか着を重ねるパターンでクラスは徐々に上がっていくが3歳では結局1勝もできなかった。今思えば上にいる俺がガッチリ抑えて型にはめるようになっていたんだと思う。この時点では5歳になって化けるなんて思いもしなかったから」。

 4歳になった頃からホワイトシルバーに変化が見られた。体質強化と共に慢性の下痢が解消し、与えるのに苦労していたカイバを自ら食べるようになって馬体も増加。「5歳になった2月のダイヤモンドレディー賞の時、いつものようにじっと抑えて後方待機していたら、あれよあれよと伸びて直線カメラに写らないくらい大外のラチ沿いをすごい脚ですっ飛んできた。次のオープン特別も勝ってね。そんな頃オールカマーに選ばれた。補欠だったのが繰り上がったんで結局チャンスを生かそうということになったんだけど、この出走が転機になった気がする。道中は隣枠の岡部(幸雄)さんとケツに並んでて、3コーナー過ぎたところで『ボチボチ行こうか』と馬に話しかけてる声がしたと思ったら、岡部さんの馬がスーッと上がっていった。その時はついていけなくて力の差は感じたけど、岡部さんの騎乗を見てたら、ホワイトシルバーに対して今までの乗り方で良いのかと考えるようになってね」と、敢えて挑戦したことが刺激となり、騎手としてもひと皮むけるチャンスになった。

 「次のグランドチャンピオンではいつものように一番ケツから行ったけど、向正面で馬の行く気に任せて走らせてみようと思った。馬が勢いよく上がっていって3コーナーでもう先頭。直線もそのまま引き離して楽勝。俺自身も周りも驚いたよね。フロックだと言う人もいたけど、この時ホワイトシルバーに底知れぬものを感じたんだ。だから東京記念も俺の中では負ける気がしなかったんだよね」。馬が自分の気持ち通りに走る喜びを知り覚醒したかのような衝撃だった。ところが東京大賞典を目前にして、球節に不安を発症。休養にあげる話も出たが、当時の大賞典はファン投票によるレース。獣医の判断は五分五分だったが、選ばれたなら出したいというオーナーの意向もあって出走が決まった。「いつものごとく向正面で行きたがった。俺は脚元のことが心配でならなかったけど、馬から『今日は行かせて欲しい』と手綱を通して伝わるものを感じてね。行かせるとスルスル上がって3コーナーでブルーファミリーをかわさず2番手でピタッと折り合った。あとはもう直線勝負で追い出すとあっという間に先頭に立っていたよ。ゴールした瞬間はうれしい気持ちより、脚元が心配でならなかった」。不安を残しながらも重賞3連勝、ついには牝馬として史上5頭目のグランプリホースとして頂点を極めた。

 このあと荒山騎手がくるぶしを粉砕骨折するアクシデントがあり、帝王賞には騎乗できなかったが大井記念ではオーナーたっての希望で一戦だけ騎乗復帰。それがまさかのラストランに‥。「3コーナーで2、3完歩ガクガクッとして『アレッおかしい』と思ったんだけど、馬は走ろうとしているし止めるわけにいかなかった。最後わずかにかわされて2着で入線したはいいが、ゴール板過ぎて緩めた途端にボキーッと骨の折れる音がしたと思ったら、もう脚はブラブラ。獣医師からは殺処分を通告されたけど、親父(荒山徳一・元調教師)がどうしても助けたい、せめて繁殖に上げたいと大声上げて厩舎に連れ帰ったんだ」。ギブスでガッチリ固め厩舎スタッフが24時間付きっきりケアすると1ヶ月余りで自分から寝起きができるまでに奇跡的な回復を見せた。母になる道を繋げた荒山徳一調教師は残念ながらホワイトシルバーの初仔を見届ける前にこの世を去ったが、「中央でOP馬も出してすっかり優秀な母だよね。繁殖としては今お腹にいる子が最後だと聞いているから、なんとか一度はシルバーの子を手がけてみたいと思っているんだ」と、調教師となった荒山騎手は父の想いもまた繋げようとしている。


第39回東京大賞典 ホワイトシルバー号

中川明美 (競馬ブック)

※この原稿は、過去のレーシングプログラムに掲載されたものに、加筆・訂正を加えたものです。