TCKコラム

TCK Column vol.28

不屈の闘志、尽きることのない挑戦 テツノカチドキ(全5話)

ラストラン編

賞金があるだけに、常に重い斤量を背負い走り続けるテツノカチドキ。
10ヵ月も勝利から遠ざかる中で臨んだ大井記念、昨年優勝時より2kgも重い60kgという斤量でありながら、連覇する。
7歳の帝王賞では、佐々木竹見の見事な騎乗で勝利へと導く。
そして、ラストランとなるグランプリが迫る。
レース前、佐々木竹見は大山にある提案をしている。
その提案とはなんだったのか?
そして、レースの行方は?
佐々木竹見の42年間の騎手人生のなかで、一番の思い出にしたラストランがここにスタートする。

雌伏の経験

名勝負の東京記念から1ヵ月後のおおとり賞では、鞍上が大山厩舎所属の鷹見浩騎手になった。昭和58年にデビューした鷹見は、赤嶺と同じくテツノカチドキの調教を任されていたのだ。
「このレースはよく覚えていますよ。勝ちたいという気持ちが先に行ってしまい、マクリぎみに行ってしまった。4コーナーでスズユウの後ろ3番手ぐらいまで上がってしまった。向正面で脚を使ってしまったので、直線は伸びなかった。

5歳最後のレースは東京大賞典。鞍上は再び佐々木竹見に戻った。連覇の期待をされたが、スズユウが昨年の借りを返して、テツノカチドキはコンマ3秒差の3着だった。
年明け昭和61年、川崎記念をコンマ2秒差の3着、つまずくアクシデントがあった金盃は7頭立ての6着。ともに昨年より2.5kgも重い60.5kgを背負っていた。帝王賞では5着とここまで惨敗が続く。昨年の関東盃を最後に、10ヵ月も勝利から遠ざかって臨んだ5月14日の第31回大井記念。昨年より2kg重い60kgでありながら見事連覇したのである。重い斤量を背負いながらの、10ヵ月ぶりの勝利。
2戦おいて、再びジャパンカップの出走枠をかけて、オールカマーに挑戦。この年からジャパンカップの地方馬予選レースは、大井から中山へと舞台を移している。
レースでは1番人気に推されていたが、ジュサブローの3着に終わってしまった。
大山は佐々木竹見に指示を出す。
「竹見君、直線まで待ったほうがいい」。
だが、指示どおりに待ったが、直線で捕らえることができなかった。
「年齢的な衰えは感じなかった。直線での脚は鈍ってはいなかった。かなりよく走ってくれた。ただ、結果論だがもう少し早めに行ったほうがよかったのかなあ……」。
以降、東京記念、東京大賞典ともに5着と破れている。6歳時は全9戦中、連覇した大井記念の1勝に終わってしまった。

明けて7歳になっても、金盃9着、そして佐々木竹見が6,000勝を達成した2日後の川崎記念が3着と、連敗が続く中で出走した第10回帝王賞。昨年から帝王賞は中央との交流競走となり、距離も2,800mから2,000mに短縮している。
連敗が続いているだけに、テツノカチドキは5番人気という評価。
スタートしてからは、後方で待機したままでレースは進行した。3コーナーではほとんどの他馬は外を取っていたなか、佐々木竹見は内を取った。4コーナーで10番手の位置だった。ここから大外に持ち出し、豪快に一気に前を行く他馬をねじ伏せたのだ。2着はハナ差のウメノスペンサー。笠松から参戦したフェートノーザンは11着だった。
「あのときはうれしかったなあ。一気に行ったからね!」。
昨年の大井記念から11ヵ月ぶりの勝利であった。

この馬が一番思い出に残る

続く第32回大井記念は、これまでにない61kgという斤量。結果は6着。その後1戦を置いて、三度ジャパンカップ出走をかけてオールカマーに臨むも7着。次戦の東京記念では、鷹見が手綱を取るが6着。
「このときは馬の作りが少し重かった。スタートした直後のホームストレッチで『ブワー』という重い息づかいをしていた。じっくりとためて行ったが、終いは伸びなかったですね」。
これまで大差で勝つことはなくとも、逆に大差で負けることもなかった。しかし昨年から、5着以下のレースが多くなってきた。
次戦の東京大賞典をラストランとすることに決まった。

レース前に、佐々木竹見は大山にある提案をしている。
「もしスローペースになったら、行きますから」。
「竹見君に任せるよ」。
実は前年の東京大賞典では、大山から2着になったハナキオーをマークしてくれと言われていた。ハナキオーは、この年3冠馬に輝き、無敵を誇っていた。
3,000mという長いディスタンスだけにスローペースになる中、4コーナーまでじっとマークしていたが、テツノカチドキの乗りが悪かった。手ごたえはあったのだが、抑えて持ち味を出せなかったのだ。
そのテツを踏まえて臨んだラストランがスタートする。3,000mの長丁場は、向正面からスタートして1周半する。最初のゴール前を通るとき、スタンド正面に入ったところからグッとペースが落ち始める。
「レースでは案の定、最初の1周目のスタンド前から、極端にペースが緩くなってきた。ここで無理に抑えたら折り合いが悪くなる。だからGOサインを出して上がり、1コーナーを先頭で回ってそのまま逃げ、ゴールしたんだ!」。
不屈の闘志で走り続けた58戦目のラストランで、もう一度グランプリを制覇してしまう。見事引退の花道を勝利で飾ったのだ。

「このときはうれしかった。もちろん東京大賞典に勝ったこともうれしいが、大山先生から『任せるから』と言われ、レースでも考えたとおりに運ぶことができた。長い騎手人生で最も強く印象に残るレースだった」。
佐々木竹見が42年間の騎手人生の中で、一番思い出に残る馬の名に、テツノカチドキを挙げる理由がここにあるのだ。
「思い出の馬はいっぱいいるよ。アラブにしろ、初めてダービーを制覇したヒガシユリ、ツキノイチバンなどね。でもテツノカチドキは、中央に行って勝ったり、オールカマーに行ったり、東京記念でロッキータイガーと競ったり、東京大賞典で自分の考えどおりのレースができ優勝するなど、これだけの経緯があるから、この馬の力を十分に発揮させてやることができたと思っているから……どうしてもこの馬が一番思い出に残るなあ」。

佐々木竹見はそんなテツノカチドキの写真を、自宅に飾っているのである。玄関には福島での口取り写真が、居間にはラストランの雄姿のプレートがある。
体調の弱いテツノカチドキを入厩したときから調教をし、初優勝させた赤嶺は感慨深げにこう話す。
「ずいぶん働いたな。これだけ多くのジョッキー(赤嶺、秋吉、本間、佐々木、鷹見、桑島、石川)を乗せて、結果を出したのはテツノカチドキがおとなしい気性の持ち主であり、丈夫で、頭がよく、ジョッキーの指示にすばやく反応できたからだろう」。
体調が弱く、デビューは2歳の暮れ、3歳時は年間16戦も走った。4歳時に9ヵ月も勝利から遠ざかり、暮れの東京大賞典を制して頂点に上り、5歳から6歳にかけての9ヵ月間、6歳から7歳にかけての11ヵ月間と意外な雌伏の時間も経験する。だが、走る闘志がなければ58戦という数字は嘘になるだろう。なぜなら優勝回数17回、2着13回、連対率5割超が物語っているからだ。獲得賞金も地方馬初となる3億円を突破する。この偉業は尽きることのない挑戦が成しえたものだ。
テツノカチドキは、北海道で種牡馬生活を送り、2000年に2頭の種付けを最後に、2001年で種牡馬を引退している。

テツノカチドキ 血統表

牡 鹿毛 1980年3月25日生まれ 北海道荻伏・不二牧場生産
コインドシルバー(輸入) Herbager
Silver Coin
フジノアオバ マリーノ(輸入)
ブラツクフオレスト(輸入)

テツノカチドキ 競走成績

年月日 競馬場 レース名 距離(m) 騎手 重量(kg) 着順 タイム
S57.12.4 大井 能力試験 800 赤嶺     53.3
12.24 大井 2歳 1000 秋吉 53 3 1:03.1
S58.1.19 大井 3歳 1200 赤嶺 54 6 1:15.6
2.7 大井 3歳 1400 赤嶺 54 1 1:30.3
2.27 大井 3歳 1400 赤嶺 54 3 1:29.9
3.8 大井 3歳 1500 秋吉 54 2 1:39.1
3.27 大井 3歳 1500 秋吉 54 1 1:35.8
4.16 大井 菜の花特別 1700 秋吉 54 7 1:51.2
4.30 大井 チューリップ賞 1700 赤嶺 54 4 1:50.8
5.27 大井 4歳 1600 秋吉 54 2 1:42.7
7.1 大井 菖蒲特別 1700 赤嶺 54 1 1:48.3
7.16 大井 天の川特別 1700 赤嶺 55 1 1:48.0
8.5 大井 江東特別 1700 赤嶺 55 2 1:47.7
9.13 大井 目黒特別 1800 赤嶺 55 1 1:55.9
10.17 大井 いちょう賞 1800 赤嶺 54 1 1:53.3
11.8 大井 東京王冠賞 2300 赤嶺 57 6 2:46.3
12.7 大井 グローリーカップ 1800 本間茂 54 1 1:54.4
12.21 大井 ディセンバー特別 1600 本間茂 52 1 1:39.7
S59.1.17 大井 新春盃 1800 本間茂 50 6 1:54.2
2.1 大井 ウインターカップ 2000 本間茂 55 1 2:04.9
2.27 大井 金盃 2000 本間茂 51 2 2:04.9
3.27 大井 江戸川特別 1800 本間茂 52 5 1:54.5
4.11 大井 帝王賞 2800 赤嶺 57 4 3:02.0
5.16 大井 大井記念 2500 赤嶺 53 2 2:38.9
6.19 大井 中央競馬招待 1800 赤嶺 56 6 1:53.0
7.9 川崎 報知オールスターカップ 2000 本間茂 55 2 2:07.3
8.7 大井 関東盃 1600 本間茂 54.5 3 1:39:0
9.26 船橋 NTV盃 2000 本間茂 55 4 2:07.5
10.31 大井 東京記念 2400 本間茂 54 2 2:32.6
11.23 大井 かちどき賞 1800 本間茂 55 1 1:50.4
12.25 大井 東京大賞典 3000 本間茂 56 1 3:13.3
S60.2.7 大井 金盃 2000 本間茂 58 3 2:06.6
2.25 川崎 川崎記念 2000 本間茂 58 2 2:08.0
4.18 大井 帝王賞 2800 本間茂 57 4 3:00.8
5.16 大井 大井記念 2500 佐々木 58 1 2:40.3
6.16 福島 地方競馬招待 芝1800 佐々木 57 1 1:48.0
7.3 川崎 報知オールスターカップ 2000 佐々木 57 2 2:06.6
8.1 大井 関東盃 1600 佐々木 59.5 1 1:39.5
9.25 船橋 NTV盃 2000 佐々木 60.5 2 2:05.4
10.31 大井 東京記念 2400 佐々木 60.5 2 2:33.9
12.6 大井 おおとり賞 2000 鷹見 60.5 2 2:07.0
12.28 大井 東京大賞典 3000 佐々木 56 3 3:14.6
S61.2.11 川崎 川崎記念 2000 桑島 60.5 3 2:10.2
3.4 大井 金盃 2000 佐々木 60.5 6 2:07.6
4.9 大井 帝王賞 2000 佐々木 55 5 2:06.7
5.14 大井 大井記念 2500 佐々木 60 1 2:39.4
6.18 川崎 報知オールスターカップ 2000 佐々木 57 2 2:07.2
8.1 大井 関東盃 1600 佐々木 61 4 1:41.7
9.21 中山 オールカマー 芝2200 佐々木 56 3 2:15.8
10.21 大井 東京記念 2400 佐々木 61 5 2:36.6
12.23 大井 東京大賞典 3000 佐々木 55 5 3:19.8
S62.1.28 大井 金盃 2000 石川 60.5 9 2:09.8
2.25 川崎 川崎記念 2000 佐々木 60 3 2:09.8
4.8 大井 帝王賞 2000 佐々木 55 1 2:07.5
6.17 大井 大井記念 2500 佐々木 61 6 2:44.5
7.15 川崎 報知オールスターカップ 2000 佐々木 57 4 2:08.4
9.20 中山 オールカマー 芝2200 佐々木 56 7 2:15.4
11.10 大井 東京記念 2400 鷹見 60 6 2:38.3
12.23 大井 東京大賞典 3000 佐々木 55 1 3:15.8

副田 拓人
1968年「みゃー、だぎゃー」と言いながら名古屋に生まれる。
競馬フォーラム、競馬ゴールド、ラジオたんぱなどを経て、現在フリー編集者。