TCKコラム

TCK Column vol.26

不屈の闘志、尽きることのない挑戦 テツノカチドキ(全5話)

テツノカチドキと佐々木竹見編

テツノカチドキは4歳の秋になり本格化する。
これまでなかなか勝ち星に恵まれなかったが、本格化する前にA級で戦っていたからだ。暮れには重賞初制覇する。それもGIという快挙であった。
そして、鞍上に当時5,000勝を達成していた佐々木竹見を迎え入れるや否や快進撃を続ける。
乗り替わった初戦、とてつもないプレッシャーが佐々木竹見を容赦なく襲う。
快進撃の勢いは福島の芝へ持ち越され、地方の強豪、中央の強豪を相手にしない圧勝劇を演じてみせた。

乗り替わるプレッシャー

4歳時に約9ヵ月間も勝てない状態が続いていたが、これはまだ本格化する前に、A級で戦っていたからである。
結果を出したのは、4歳の秋である。10月31日、東京記念でコンマ1秒差の2着。続くかちどき賞で9ヵ月ぶりの優勝を挙げる。その後、快進撃を見せ、大勝負を演じていくのだ。
赤嶺が常に言っていたように、『夏を越した4歳の秋になってから、本格化する』。まさにその言葉のままに、成長を遂げるのである。
それは獲得賞金にも如実に現れている。11月のかちどき賞を勝つ前までの獲得賞金は、6,909万。生涯獲得賞金3億597万9800円の約4.4分の1に過ぎない。地方馬初の3億円馬という快挙は、この本格化した4歳秋からの快進撃で成し得たものである。

この快進撃を始めた以降、テツノカチドキの鞍上に赤嶺の姿はなかった。赤嶺は栗田厩舎の所属だけに、自厩舎の馬も乗らなければいけない。そんな事情で、6月の中央競馬招待レースを最後に赤嶺騎手がテツノカチドキに騎乗することは惜しくもなくなってしまったのだ。
入厩したときから体調の弱いテツノカチドキを辛抱強く調教をし、1回の攻め馬で20回から30回もセキをするテツノカチドキを半年以上かけて仕上げた。能力試験を任され、初優勝させ、テツノカチドキの強さを実感していただけに、残念に違いないと想像するのは、素人考えか。
赤嶺から無念さというような類の言葉は聞かれない。ジョッキーは任された馬に乗り、結果を出すのが使命とも言わんばかりに。

かちどき賞の次に出走したのは、暮れのグランプリ・東京大賞典である。
好調の波は衰えを知らず、3,000mのロングランを見事に制したのである。スズユウの追撃を振り切り、早めにテツノカチドキに仕掛けられたキングハイセイコーは4着に沈んだ。重賞初制覇がGIとは驚くばかりである。体調が弱く、デビューが遅れたテツノカチドキがついに頂点をつかんだ瞬間である。
明け5歳の昭和60年、初戦となる金盃をコンマ3秒差の3着、川崎記念をコンマ1秒差の2着とあと一歩のレースが続き、帝王賞では昨年と同じく4着(6頭立て)におわった。
ここで陣営は、1ヵ月後の大井記念を前に、乗り役に当時すでに5,000勝を達成していた佐々木竹見騎手を迎え入れることにする。
「竹見君、大井記念に乗る馬はいるのかね? いないのなら乗ってくれないか」。
大山が直接、テツノカチドキの騎乗を依頼したのである。
佐々木竹見は2001年に引退するまでに7,153勝を達成し、世界歴代5位の勝ち鞍を誇る、言わずと知れた世界の名手。その生涯騎乗回数は3万9092回(中央20回、海外12回含む)。世界記録は通算勝ち鞍だけでない。年間505勝、3年連続400勝以上の世界記録も樹立している。

2,500mの大井記念は、断トツの1番人気。勝って当然のレースなのだ。
このとき佐々木竹見は相当なプレッシャーを感じている。
「勝たなきゃならないんだから。勝って当然のレースに、出場しているのだから。それに途中で乗り変わるということは、私という騎手に期待をして依頼してくれている。『竹見君だったら、失敗せずに乗ってくれるだろう』と口には出さないが、そういう気持ちで乗せてもらえたというのは感じていた。それにこたえなければいけないという責任感もあった。最初からずっと乗っているのとはわけが違うからね。どんな実績があっても途中で乗り替わるということはそういうことだから」。
レースは、道中を3番手から4番手の好位で進み、佐々木竹見の意志に機敏に反応して、直線で交わし優勝した。
ゴール後、検量室前に戻る佐々木竹見の表情に笑顔はなかった。
「最初の大井記念ではずいぶんと疲れたよ、プレッシャーで。勝って当たり前のレースだったし、負けたらなんと言われるかわからないから」。

圧勝した芝レース

テツノカチドキの第一印象を佐々木竹見は、とてもおとなしい馬だったという。
「腰が甘いようだった。ゲートが悪くはないがよくもなかった。終いのいい馬は、テンからガツンと行くわけではない。だが、流れに乗れば強いのだ。道中ひっかかって行くわけでもない。距離は長いほうがよかったかもしれないかな。だが1,600mも勝ったしね、関東盃で。でもどんな距離でも自在に走ってくれた。なによりも私の意志に機敏に反応してくれた。まるで乗り役が3コーナーからGOサインを出すのを知っていたようだ。それに丈夫な馬だった。だから地方初の3億円馬にもなったのでしょう。父コインドシルバーだっただけに丈夫な馬だった」。
父コインドシルバー産駒は、芝での中長距離で力を発揮する。スタミナも十分であるが、産駒の中には脚部不安も多かった、だがテツノカチドキだけは例外だった。生涯58戦も走った馬なのだから。

大井記念を快勝したちょうど1ヵ月後の6月16日、テツノカチドキは中央の芝へ挑戦する。選んだレースは、福島の1,800m、第7回地方競馬招待レースである。
初めて南関東を出ることになったテツノカチドキ。佐々木竹見は芝への適合に疑問を抱いていなかった。
「芝は合っていたんだろうね。脚も長いし」。
当日は良馬場でレースでは、東海ダービー馬のリュウズイショウ、新潟の強豪セントエリアス、重賞常連のスズユウ、そしてマリキータ、ダイナマイン、ニットウタチバナといった牝馬ながら、当時屈指の中央の快速オープン馬たちを3コーナーで捕らえた。4コーナーでハナに立ち、芝の9ハロン1分48秒フラットという時計で中央馬に影をも踏ませぬ圧勝劇を演じたのだ。2着にはリュウズイショウ、3着にはセントエリアス、4着にはスズユウが入り、地方馬が上位を独占した。
「本当にうれしかった。いつもそうだが、スタートが一息だった。向正面ですばやく反応してくれた。大山先生からも早めに行ったほうがいいと言われてもいた」。

テツノカチドキ 血統表

牡 鹿毛 1980年3月25日生まれ 北海道荻伏・不二牧場生産
コインドシルバー(輸入) Herbager
Silver Coin
フジノアオバ マリーノ(輸入)
ブラツクフオレスト(輸入)

テツノカチドキ 競走成績

年月日 競馬場 レース名 距離(m) 騎手 重量(kg) 着順 タイム
S57.12.4 大井 能力試験 800 赤嶺     53.3
12.24 大井 2歳 1000 秋吉 53 3 1:03.1
S58.1.19 大井 3歳 1200 赤嶺 54 6 1:15.6
2.7 大井 3歳 1400 赤嶺 54 1 1:30.3
2.27 大井 3歳 1400 赤嶺 54 3 1:29.9
3.8 大井 3歳 1500 秋吉 54 2 1:39.1
3.27 大井 3歳 1500 秋吉 54 1 1:35.8
4.16 大井 菜の花特別 1700 秋吉 54 7 1:51.2
4.30 大井 チューリップ賞 1700 赤嶺 54 4 1:50.8
5.27 大井 4歳 1600 秋吉 54 2 1:42.7
7.1 大井 菖蒲特別 1700 赤嶺 54 1 1:48.3
7.16 大井 天の川特別 1700 赤嶺 55 1 1:48.0
8.5 大井 江東特別 1700 赤嶺 55 2 1:47.7
9.13 大井 目黒特別 1800 赤嶺 55 1 1:55.9
10.17 大井 いちょう賞 1800 赤嶺 54 1 1:53.3
11.8 大井 東京王冠賞 2300 赤嶺 57 6 2:46.3
12.7 大井 グローリーカップ 1800 本間茂 54 1 1:54.4
12.21 大井 ディセンバー特別 1600 本間茂 52 1 1:39.7
S59.1.17 大井 新春盃 1800 本間茂 50 6 1:54.2
2.1 大井 ウインターカップ 2000 本間茂 55 1 2:04.9
2.27 大井 金盃 2000 本間茂 51 2 2:04.9
3.27 大井 江戸川特別 1800 本間茂 52 5 1:54.5
4.11 大井 帝王賞 2800 赤嶺 57 4 3:02.0
5.16 大井 大井記念 2500 赤嶺 53 2 2:38.9
6.19 大井 中央競馬招待 1800 赤嶺 56 6 1:53.0
7.9 川崎 報知オールスターカップ 2000 本間茂 55 2 2:07.3
8.7 大井 関東盃 1600 本間茂 54.5 3 1:39:0
9.26 船橋 NTV盃 2000 本間茂 55 4 2:07.5
10.31 大井 東京記念 2400 本間茂 54 2 2:32.6
11.23 大井 かちどき賞 1800 本間茂 55 1 1:50.4
12.25 大井 東京大賞典 3000 本間茂 56 1 3:13.3
S60.2.7 大井 金盃 2000 本間茂 58 3 2:06.6
2.25 川崎 川崎記念 2000 本間茂 58 2 2:08.0
4.18 大井 帝王賞 2800 本間茂 57 4 3:00.8
5.16 大井 大井記念 2500 佐々木 58 1 2:40.3
6.16 福島 地方競馬招待 芝1800 佐々木 57 1 1:48.0
7.3 川崎 報知オールスターカップ 2000 佐々木 57 2 2:06.6
8.1 大井 関東盃 1600 佐々木 59.5 1 1:39.5
9.25 船橋 NTV盃 2000 佐々木 60.5 2 2:05.4
10.31 大井 東京記念 2400 佐々木 60.5 2 2:33.9
12.6 大井 おおとり賞 2000 鷹見 60.5 2 2:07.0
12.28 大井 東京大賞典 3000 佐々木 56 3 3:14.6
S61.2.11 川崎 川崎記念 2000 桑島 60.5 3 2:10.2
3.4 大井 金盃 2000 佐々木 60.5 6 2:07.6
4.9 大井 帝王賞 2000 佐々木 55 5 2:06.7
5.14 大井 大井記念 2500 佐々木 60 1 2:39.4
6.18 川崎 報知オールスターカップ 2000 佐々木 57 2 2:07.2
8.1 大井 関東盃 1600 佐々木 61 4 1:41.7
9.21 中山 オールカマー 芝2200 佐々木 56 3 2:15.8
10.21 大井 東京記念 2400 佐々木 61 5 2:36.6
12.23 大井 東京大賞典 3000 佐々木 55 5 3:19.8
S62.1.28 大井 金盃 2000 石川 60.5 9 2:09.8
2.25 川崎 川崎記念 2000 佐々木 60 3 2:09.8
4.8 大井 帝王賞 2000 佐々木 55 1 2:07.5
6.17 大井 大井記念 2500 佐々木 61 6 2:44.5
7.15 川崎 報知オールスターカップ 2000 佐々木 57 4 2:08.4
9.20 中山 オールカマー 芝2200 佐々木 56 7 2:15.4
11.10 大井 東京記念 2400 鷹見 60 6 2:38.3
12.23 大井 東京大賞典 3000 佐々木 55 1 3:15.8

副田 拓人
1968年「みゃー、だぎゃー」と言いながら名古屋に生まれる。
競馬フォーラム、競馬ゴールド、ラジオたんぱなどを経て、現在フリー編集者。