TCKコラム

TCK Column vol.23

疾駆する血の超越 トチノミネフジ(全3話)

最後の大物編

芝への挑戦は、敗北であった。しかし、悪条件が重なったこの1戦ですべてを判断するのは酷ではないだろうか。午前中のオッズでは単勝1番人気に推されていた。ファンはスターホースを求めている。そう、いつの時代でもそれは変わらないファンの姿なのだ。引退レースとなる平成6年全日本アラブ大賞典。アラブの幕が閉じようとしている最後の最後で、東と西から信じられない大物が出現する。その歴史的名勝負の一騎打ちがここに展開される。

有終の美と死

福島からTCKに帰厩したトチノミネフジは、ワード賞で65kgを背負い優勝。東京盃ではサラブレッド相手に、最重量の59kgを背負い、56kgのサクラハイスピード相手に不適な1,200m戦で2着となった。敗れはしたもののファンはトチノミネフジが負けるとは思っていない。ここでも人気は1番人気だったのだ。
「常に大レースへ出場すれば、ファンがニンジンを届けに来てくれもした。特に女性のファンが多かったよ」。
と高岩は回想する。なによりもファンがいつも応援してくれているのがうれしくてたまらないようだ。

高岩と陣営は、次走の全日本アラブ大賞典で引退を決意する。
「調教ではあまり強く追えなかったが、それでも勝ってしまうのは、馬本来のパワーが強烈だったからほかならない。だから完璧に調教できれば、まだまだ現役でいられただろうし、もっと……。ヒザの具合もあり、アラブのレースがなくなることもあり、種牡馬での成功を願って早めの引退を決意した」。
引退レースとなる平成6年アラブ大賞典では、再び笠松の女傑、スズノキャスターと対決することとなる。
今年のスズノキャスターは、昨年とは違う。トチノミネフジと同じく、東海地区ではアラブに敵なしとして、サラブレッドに挑戦。東海菊花賞4着、サラブレッドカップ3着と、能力の高さを証明している。
1番人気はトチノミネフジ、2番人気はスズノキャスター。両馬の連勝は1.9倍と、勝つか負けるかの一騎打ちとなっていた。
スタート直後飛び出したのは、トチノミネフジであった。スズノキャスターは中段でじっくりと待機し、勝機をうかがっている。
逃げの戦法に打って出た早田にはそれなりの考えがあったのだ。
「直前の東京盃で1,200mを使っている。2,600mだとスタート位置もそれほど違わないし、馬は1,200m使うとどうしても先に行きたがるようになるから、そのときは無理をせず馬に任せて先に行かせるようにした」。

最終の第4コーナー。トチノミネフジの脚は衰えない。スズノキャスターも鞍上の安藤勝己のGOサインにこたえ追いすがる。その差は、1完歩ごとに詰まっていく。だが、トチノミネフジが踏ん張りをみせて、クビ差で連覇を決めたのである。3着のミスターホンマルは、6馬身もの差を両馬につけられた。
このレースで計時された上がり3ハロンは37秒6。スズノキャスターは36秒台前半で猛追したと思われ、当時の深い砂での豪脚は、すさまじいものがあった。
引退を有終の美で飾ることができたトチノミネフジ。
「最後は無事に走ってくれたらと思い騎乗して、下馬したときにはご苦労さんという気持ちだった」。
と早田は自分の役目を全身全霊をかけて全うしたのだ。
これぞ競馬、ブラッドスポーツという歴史的名勝負。競馬のおもしろいところは、まさにアラブの幕が閉じようとした最後の最後で、信じられない大物が東と西に同時に出現するところだ。その大物同士が、名誉をかけてこれでもかと言わんばかりのレースを展開する。中央競馬では味わえない興奮とレースが、この時代、たしかに地方競馬には宿っていたのだ。

翌年、この年から始まったNAR(地方競馬全国協会)グランプリの年度代表馬にトチノミネフジが選出されたのだ。だがこの選出は物議を醸した。中央では、この年にアラブ競走を廃止し、南関東でもアラブのレースが減少するなか、いくら強いアラブといえども、地方競馬の顔である年度代表馬にアラブを選出するのはおかしいという意見が上がったのだ。一部マスコミでも話題になった。
だが、こうした物議は、トチノミネフジの強烈な強さがあったからこそではなかろうか。現実に、吾妻小富士オープンへの出走時にも同じような論調はあったのだ。報知グランプリカップ、隅田川賞での優勝は、サラブレッドの一線級よりもむしろ上だったと見ることが正確だろう。アラブ史上最強馬といってもおかしくない馬だからこそ騒がれたのだろう。単に強い馬だけならそれほど話題にもならなかったはずだ。
通算20戦17勝、うち重賞9勝。敗退した3戦中、アラブ相手に負けたのは宇都宮での3戦目だけ。ほかは悪条件のなかでの吾妻小富士オープンと最重量の59kgを背負い、不適の1,200m戦での東京盃では、ともにサラブレッドが相手であった。
南関東のほとんどのアラブ重賞を制し、収得賞金もアラブ史上最高の2億6500万円。とてもアラブの馬が稼いだとは思えない金額だ。

平成7年から、北海道・門別スタリオンステーションで種牡馬入りを果たした。サラブレッドよりも勝る能力、血統の優秀さ、雄大な馬格は種牡馬としての成功は間違いないとされていた。
トチノミネフジの種付け料は70万円という破格の条件で供用され、76頭の交配を集める高い人気を誇ったのだ。しかし、2年目のシーズンに突入した直前の翌年2月19日、小腸内にできた腫瘍による腹痛のため、緊急手術の甲斐なく死を迎えてしまった。
残した産駒は1世代55頭、登録は53頭のみであった。
訃報を聞いた高岩と早田は異口同音に、「惜しいことをした」と語っている。

トチノミネフジ 血統表

アラブ血量28.47% 牡 栗毛 1990年4月1日生まれ 北海道門三石町・元茂光春生産
シナノリンボー タガミホマレ
グレナヴアカ
カンダサカエ タランドロス(輸入)
ミスボンジユール

トチノミネフジ 競走成績

年月日 競馬場 レース名 距離(m) 騎手 重量(kg) 人気 着順 タイム
H4.8.27 宇都宮 アラ系3歳 新馬 800 佐々木泉 54 (2) 1 50.4
9.20 宇都宮 アラ系3歳 1,400 佐々木泉 54 (3) 1 1:35.0
10.30 宇都宮 黒バラ特別 1,500 佐々木泉 54 (1) 4 1:37.7
12.4 TCK 赤松特別 1,400 早田秀治 53 (3) 1 1:29.4
12.30 TCK 寒菊特別 1,500 早田秀治 55 (1) 1 1:42.0
H5.1.15 TCK 万両特別 1,500 早田秀治 58 (1) 1 1:35.8
2.28 TCK 椿賞 OP 1,800 早田秀治 52 (3) 1 1:55.6
3.30 TCK 銀盃 2,000 早田秀治 55 (1) 1 2:08.5
5.7 TCK 千鳥賞 1,800 早田秀治 56 (1) 1 1:54.9
6.16 TCK アラブダービー 2,000 早田秀治 57 (1) 1 2:07.1
9.12 TCK スターライト賞 OP 1,400 早田秀治 58 (1) 1 1:28.0
10.7 TCK アラブ王冠 2,000 早田秀治 60 (1) 1 2:07.3
12.9 TCK 全日本アラブ大賞典 2,600 早田秀治 54 (1) 1 2:48.8
H6.1.27 船橋 報知グランプリカップ 1,800 高橋三郎 56 (1) 1 1:53.6
3.23 TCK 銀盃 2,000 早田秀治 64 (1) 1 2:07.0
5.16 TCK 隅田川賞 OP 1,800 早田秀治 57 (2) 1 1:50.8
6.26 福島 吾妻小富士オープン OP 1,800 早田秀治 57 (2) 11 1:50.9
7.25 TCK ワード賞 2,000 早田秀治 65 (1) 1 2:07.1
9.27 TCK 東京盃 1,200 早田秀治 59 (1) 2 1:12.3
12.20 TCK 全日本アラブ大賞典 2,600 早田秀治 56 (1) 1 2:47.2

副田 拓人
1968年「みゃー、だぎゃー」と言いながら名古屋に生まれる。
競馬フォーラム、競馬ゴールド、ラジオたんぱなどを経て、現在フリー編集者。