TCKコラム

TCK Column vol.05

ああ、涙涙の3連単日記

 某月某日
 長~い長~い、我が五十数年の人生で、初めて”競馬なるもの”を観戦した浦和競馬場。今、この地に再び立つーーと言ったって、初めて浦和市大田窪(今は三市合併で「さいたま市」)の草競馬に出掛けた時は、多分、2歳。母の背中で何故か英字新聞を逆さして「ウマ、ウマ!」とはしゃいでいた。自ら脚で、競馬場に立った訳ではない。
第2次世界大戦が終わって約二年。日本国も一人立ちした、という訳ではなかった。
それでも平和が訪れ、我が家の疎開先・大田窪でも競馬が再開された。
国敗れて、山河あり。国敗れて、競馬あり。「競馬場の向こうに富士山が綺麗だった」と母は何度も話してくれた。
その母も、この世にいない。
その浦和競馬場が新たな歴史の幕を開く。日本国はじめての競馬3連単。
昼、勤め先の新聞社で仕事を片づけ、JR京浜東北線に飛び乗った。
歴史に遅れてはいけない。でも、お目当ての3連単のレースはなかなかやって来ない。同行の穴党記者のたまちゃんに聞けば「3連単が発売されるのは8レースと最終だけですよ」
 何だ!2つしか3連単がないのか!
決まりで9頭以上の馬が出走すると、3連単は発売出来ないという。「射幸心をあおるからダメ」とお上は言うが、どこの世界に射幸心をあおらないギャンブルなんてあるのか。消費者が満足する商品を販売するのが、自由主義国家の掟ではないのか。
戦後五十数年、日本は共産国家になったのだ。腹が立つ。(その後、関係者の努力で、規制は改善された)
いつもの入場者が7000人前後。この日は約1万人。誰もが「3連単、配当一人占め」を夢見ている。
最終レースで勝負、と決めた。
3連単は「完璧な推理」の結果でなければならない。それが、誇り高い馬券哲学。1着と2着を完全に推理し、3着はマギレもあるから総流しする。これが、本道である。
 そうすれば8通りの馬券で万馬券が取れる。俺様はあくまでも「完璧な推理」で行く。 3-1-(総流し)。これで完璧!
ところが、である。パドックの1番は体重14キロ増。「完璧な推理」からすれば1の2着はないだろう。方針転換。「3-6ー(総流し)」で勝負!。
ところが……何と「3-1-4」と入り、3連単26850円。ああ、泣ける。
浦和に馬体重関係なし、だったのに。平常心をなくしていた。
競馬場から南浦和駅までトボトボと歩く。ああ、ちきしょう! 汗が出る。まるで初夏の気候だ。
上野駅前の「朝日食堂」で残念会。

 某月某日
やっと3連単が大井競馬場にやって来た。大井は俺の庭。負けるハズがない。
「完璧の推理」なんて土台、無理なのだ。哲学を変更した。ボックス、ボックス。強い馬から4頭ボックスで取る。
だが、これもダメ。4頭ボックスではどうにも無理だ。カスリもしないうちに、何と100万円馬券が出た。誰が取ったんだ。
怪情報。某競馬雑誌が「大井の3連単」の当たり馬券を撮影するために、全通り買った。それで100万円ゲット。ああ、あの大騒ぎの奴らか。
罰知らず! そんな交通事故のような馬券を買っていたら滅亡するぞ。日本国もバブルに酔って、この体たらくじゃないか。帰りの電車賃を残し、この夜は立合川で悪酔い。

 某月某日
 浦和競馬の4階指定席。この辺りに「3連単名人」がいると聞き込み、探訪にやってきた。7レース。3連単24万7290円。
「取った!」と叫ぶ青年がいる。馬券を当方に見せてくれる。確かに「9-4-2」を4百円分持っている。ヒエッー!100万円近い配当である。
凄い。こんな馬券、とても買えない。
となりの老人が「あの人は大井でこの間の100万馬券を取った」。「君か、3連単の名人というのは? 昨日の70万円も取ったんじゃないの?」と恐る恐る聞くと「これですよ」と馬券の拡大コピーを取り出した。
「浦和競馬14年度2回2日8レース 馬3連単4・5・8・9・10 各組100円 合計600枚6000円」
これが「4-9-8」と入って706120円。
「どうすれば、当たるの?」と野暮な質問。「これは……エーと…××の誕生日だったかなあ」
何だ、3連単はケントクなんだ。宝くじなんだ。

 某月某日
 大きな声では言えないが、まだ「3連単」を当てていない。恥ずかしい。情けない。
仕方ないから、馬連にするか。嫌々、俺の実力では「枠」が良いところか。自信喪失。 午後6時過ぎの第6レース。ユメノマジックなんて馬が出ている。3連単向きの名前だな、と思いつつ「枠」で勝負する。
ハイペースで有力馬が総崩れする中で、ユメノマジックが抜け出した。
隣にいた70歳ぐらいの「歯なし」のおばちゃんが「当たった!」と叫んだ。僕に馬券を見せる。単勝100円券。そうだ、単勝こそが「馬券の本流」ではなかったのか。
シミジミ感じ入る。「枠」は恥ずかしい。3連単なんて邪道だ。
その時、アナウンス。
「3連単11-9-13、400万940円」。
一瞬、大井はシーンと静まりかえた。おったまげた。隣のおばあちゃん、腰が抜けた。27万1066票のうち的中は5票。
おばあちゃんの単勝は1万1560円。俺の連復6-7は6910円。
やはり、馬券は3連単だ!

 某月某日
 秋が来た。イラク侵攻が始まるかも知らない。そんなことになったら、日本は当面、軍事費を分担させられ、いつ間にか、泥沼の戦火に巻き込まれる。
その前に……せめて10万馬券を取って「3連単」の泥沼にはまって見たい。でも、恥ずかしながら、3連単を的中したのは9月14日現在、4回しかない。おけら街道、まっしぐら。
3連単にはまるか、はたまた、3連単に決別するか。
俺の歴史的な日々は刻々と近づいている。

牧 太郎
毎日新聞社入社後、1989年「サンデー毎日」編集長に就任、1997年、日本記者クラブ賞を受賞。現在、毎日新聞に「ここだけの話」「競馬はロマン」、スポーツニッポンに「おけら街道トキの声」、文藝春秋に「牧太郎が行く ひとは地球に何が出来るか」などを連載中。TBSラジオ日曜午前8時20分「牧太郎のザ・コラム」放送中。