TCKコラム

TCK Column vol.31

孤独のダートにゆらめく光と影 サンライフテイオー(全5話)

歓喜の勝利編

勝負師は何にすがって生きるのか。
名誉、カネ、成績……。その先に見えるものとは。
そのどれをもつかんだ者にしか知りえない世界がたしかに存在する。
その世界に足を踏み入れたものしか知りえない世界。
東京盃の試練は大博打だ。
結果が出なければどうなるのか。
言いようがない恐怖とプレッシャーが容赦なく襲う。
そして、勝負師は天を見上げる……。
天から降り注ぐ奇跡……。
印は無印、失うものはもうない!
ここに中央の強豪馬と1頭の無印馬の歴史に残る壮絶な第1回スーパーダートダービーが展開される!

奇跡の雨

高橋三郎は、東京盃以降のサンライフテイオーの成長を見て、スーパーダートダービー当日は良馬場なら好位の競馬でいこうと決めていた。
だが、中央の馬と戦うのならば、雨が降ってくれれば思わぬ好機も訪れるはずと考え、大井の空を見上げ、雨を降れと願っていた。
「雨が降ればサンライフテイオーにはもってこいのコンディションになる!」
予想以上の雨が降れば、中央馬よりもぬかるんだダートの馬場を走りなれているこちらが有利になるはずだと……。
そしてついに迎えた11月1日、スーパーダートダービー。高橋三郎の熱い願いが届いたのか、大井の空から大粒の雨が滴りだしたのだ。奇跡の雨により泥だらけになったTCKの馬場。願いがかなった! 勝てる!
レースには、皐月賞馬イシノサンデー、ユニコーンステークス馬シンコウウインディ、東京ダービー馬セントリック、東京王冠賞馬キクノウインといったそうそうたる3歳強豪馬が一堂に集結した。サンライフテイオーは14頭立ての9番人気であった。

重馬場になったことで作戦変更をし、ハナを叩くことにした。
「パドックから雨馬場のコースに入場し走った瞬間、この仔は雨馬場は得意だと思った。無印かもしれないが、もうこうなったら何が何でも先行策でいこうと決めた。それでバテたらしょうがないと腹をくくった」
 レースでは、思惑どおり先頭に立ち、いつにも増してサンライフテイオーが力強いのに気づく。
「ゲートではいつもパーンと行かず、無理やり追って行くのに、この日は普段より仕掛けないで、ラクにハナに立った。これは雨が降ったこともあるし、午後乗りをして絞られ、好時計がでていただけに、馬自身も動きやすかったのだと思う」
観客の多くは、9番人気のサンライフテイオーと高橋三郎が先頭に立つのを見て、そのうちバテるだろうと思ったに違いない。
 だが、脚色は衰えることなく先頭を走るサンライフテイオー。
「1コーナー、2コーナーを回り、向正面でも馬任せにして、『おまえに任すから』と、控えるとか抑えるというようなことをしないで、行けるところまで行った。馬も気分よく走っていたんじゃないかな。乗っていてそう感じたよ。私の『チュッ、チュッ』という合図に耳が敏感に動いていたしね」

 4コーナーを回り、先頭のままで直線に飛び込んできた。そのとき、各馬がいっせいにサンライフテイオーに襲い掛かってきた。まるでハチの大群が、一匹の獲物を狙うように。
だが、最後の1ハロンはさすがにその脚は鈍ってきた。そこに追い込んできた岡部幸雄騎手騎乗のシンコウウインディが並びこれまでかと思われた瞬間、なんとサンライフテイオーに後ろから噛みつきにかかってきたのだ。
その突拍子もない行動に、サンライフテイオーがビックリしたのだろう。鈍った脚はまた伸びたのである。
シンコウウインディとの差が一気に開き、勢いよく先頭でゴールに飛び込んだ。念願の重賞初制覇を成し遂げた瞬間である。
「かえってよかったんじゃないかな。並んだときに噛みついてきたので、馬にしてみれば怖いだけでしょ。またそこから一生懸命走ったから」
ゴール後、高橋三郎はめったにしたことがないガッツポーズをしている。普段はクールな騎乗をして、感情を面に出さない高橋三郎がだ。だが、この日ばかりは違った。
まるで、全身の底から溢れんばかりの喜びを表していた。

2人だけの祝杯
高橋三郎がここまで歓喜するのには大きな理由がある。
ひとつはサンライフテイオーの才能を信じて、自分がベストと思った調教をしたこと、もうひとつは自身のケガの後遺症との闘いがあったからだ。
「もう本当にうれしかった。第1回目のスーパーダートダービーであるし、南関東馬同士でのレースではなく、中央馬を相手にしたレースだしね。地方馬は常に中央馬には負けていたわけだしね。シンコウウインディはもちろん、イシノサンデーを負かしたのだから。自分もうれしいかもしれないけど、三坂先生はなおのことだと思う」

なぜなら、サンライフテイオーの午後乗りに関して、三坂調教師と高橋三郎の間でちょっとしたトラブルがあったからだ。
「三坂先生は自分で言い出したら聞かない人だった。ハナで行けといえば、それが絶対だった。私がサンライフテイオーを午後乗りするからと言ったら、『何で朝の商売なのに午後にするんだ。自分がラクしたいからそういうことをするんだろう』と言われた。とにかく午後乗りしたほうが、この馬のためにいいのだからと説明しても、『おまえの都合に合わせてただ午後乗りするだけだろう。そんなのはだめだ』と。今回だけはオレに任せてくれ。真剣にやるから、俺からオーナーにも説明するからと言っても、先生はダメだと言った」
そんな2人のケンカごしともいえるような言い合いを振り切って、午後乗りをさせて優勝したことは、高橋三郎以上に三坂のほうが涙を流したという。このときの三坂の感動はたとえようもないものだったに違いない。その証拠は、次の行動に現れている。
「サブ(高橋三郎の愛称)! ちょっと付き合えよ!」
三坂は厩舎の2階の住居に高橋三郎を招き入れ、祝杯を差し出しだしたのだ。
「普段お酒を飲もうとは言わない人が、今日は2人で祝おう、おめでとうをしようと言ってくれた。このときほどうれしいと思ったことがなかった。2人で祝杯をあげたあと、1階の馬房にいるサンライフテイオーの顔を見たら、なんていい顔をしているのだろうと思った。ものすごくいい顔に見えるんだ」

これまでにも高橋三郎と三坂の間では、サンライフテイオーをめぐって幾度となく意見の衝突をしている。にもかかわらずプロフェッショナルとしてお互いを信頼していた2人。それだけに、このときの祝杯は格別だったに違いない。2人にしか分からない酒のうまさはだれにも想像はできないものだろう
それに、午後乗りに関しては、何が何でも反対したわけではないのだ。最後は高橋三郎に一任している。それは、須田厩務員が羽田盃で負傷をして、須田厩務員の仕事までも代わり、率先していた高橋三郎の姿を見ていたからにほかならない。
「そういえばだれかが、11月1日、第1回、G1の初制覇、ピン並びで縁起がいいと言ってくれたな」。
 サンライフテイオーがつかんだ勝利という名の光。その光は高橋三郎にも降り注ぐ。
これまで覆いかぶさっていたケガの後遺症というだれも知らない影を一気に振りほどくように。
 中央馬の強豪を退けた功績から平成8年度NAR最優秀3歳馬という輝かしい名誉までも手に入れることとなった。
(孤独の後遺症編へ続く)

サンライフテイオー 血統表

牡 鹿毛 1993年3月20日生まれ 北海道新冠・武田牧場生産
ホスピタリティ テュデナム
トウコウポポ
ティーヴィミニカム Dickens Hill
Camera

サンライフテイオー 競走成績

年月日 競馬場 レース名 距離(m) 騎手 重量(kg) 人気 着順 タイム
H7.9.12 大井 能力試験 800 高橋三郎       52.5
9.24 大井 2歳新馬 1000 高橋三郎 53 (1) 2 1:02.1
10.16 大井 2歳 1200 高橋三郎 53 (1) 1 1:15.4
11.18 大井 ゴールドジュニアー 1400 高橋三郎 53 (5) 2 1:27.8
11.30 大井 青雲賞 1600 高橋三郎 54 (3) 3 1:43.7
12.20 大井 胡蝶蘭特別 1600 高橋三郎 55 (1) 2 1:44.8
H8.1.17 大井 ゴールデンステッキ賞 1700 高橋三郎 55 (2) 2 1:50.8
2.19 大井 京浜盃 1700 高橋三郎 55 (11) 10 1:47.2
3.5 大井 若駒特別 1600 高橋三郎 56 (1) 1 1:43.6
3.26 大井 雲取賞 1700 高橋三郎 54 (1) 1 1:47.8
5.14 大井 羽田盃 1800 高橋三郎 56 (3) 2 1:54.4
6.6 大井 東京王冠賞 2000 高橋三郎 56 (2) 3 2:07.1
7.4 大井 東京ダービー 2400 高橋三郎 56 (3) 4 2:37.8
8.26 大井 アフター5スター賞 1800 高橋三郎 55 (3) 6 1:53.8
9.26 大井 東京盃 1200 高橋三郎 52 (8) 12 1:14.1
11.1 大井 スーパーダートダービー 2000 高橋三郎 57 (9) 1 2:05.8
11.23 盛岡 ダービーグランプリ 2000 高橋三郎 56 (5) 8 2:09.6
H9.6.26 船橋 京成盃グランドマイラーズ 1600 佐々木竹見 57 (2) 3 1:41.2
7.28 大井 サンタアニタトロフィー 1600 佐々木竹見 55 (2) 4 1:41.1
8.28 大井 アフター5スター賞 1800 佐々木竹見 55 (4) 8 1:54.7
10.2 大井 東京盃 1200 早田秀治 55 (9) 13 1:15.2

副田 拓人
1968年「みゃー、だぎゃー」と言いながら名古屋に生まれる。
競馬フォーラム、競馬ゴールド、ラジオたんぱなどを経て、現在フリー編集者。