TCKコラム

TCK Column vol.48

父と子、そしてホワイトシルバー(全5話)

重賞3連勝の栄冠編

前走で見た加速する岡部幸雄騎手騎乗の馬。
これが中央との差なのか……。それとも……。
「これまでと同じ競馬をしていてはなにも変わらない」。
大きな、大きな何かが動き出した瞬間でもあった。
単勝1万4200円! 秋のG1で見せた快挙!
それは栄光への序曲でもあった。
30kgも増えた馬体。オールカマーでの経験。
厩舎も全面的なバックアップをする。
故障を抱えながらのグランプリ・東京大賞典への参戦。
ブルーファミリーとの競り合い、迫るタイコウストーム。
ホワイトシルバーの鞍上は、目の前のゴール板しか見えない。
人馬一体となって成長した2者が、
成し遂げた重賞3連勝の栄冠のすべてがここに展開される。

向正面でのマクリ

10月27日、トゥインクルを締めくくる秋のG1・第4回グランドチャンピオン2000。帝王賞、東京大賞典に次ぐ古馬重賞G1レース。この年ここまで9戦2勝。3歳時の東京プリンセス賞以来のG1である。
オールカマー2着のハシルショウグン、東京大賞典馬ドラールオウカン、東京盃馬ハナセール、関東盃馬モガミキッカなど、南関東のトップクラス16頭の精鋭がそろった。その中でホワイトシルバーは13番人気。収得賞金も下から2番目とあって、ファンの期待感は薄かった。

レースでは、1コーナーを12番目で通過し、後方からの競馬となる。ところが向正面では中団からやや外目をついて一気に10頭を交わし抜け出す。3コーナーで逃げるウエルテンションを大外から交わして2馬身差をつけ、そのまま4コーナーへ。
「いつものように後方集団にいて、手ごたえはよかった。これまでと同じ競馬をしていてはなにも変わらない。この時は馬が行きたいときに行かせるようにした。人気もなかっただけに挑戦するつもりで、思い切って乗ってみようとね。向正面で行きたいのなら行ってみなと手綱を離したら、アレっという間に3コーナー回った時点で先頭に立つと、そのまま4コーナーへ。これだけ脚を使っているのだから、バテるのでは? いつ交わされるのか? と思っていたが、直線に入っても後ろとの距離が縮まる気配はない。これはもしかしたら勝つのでは……。モガミキッカ、ハシルショウグンが追ってきたが3馬身差あったので、1ハロン手前で勝利を確信した」。
ホワイトシルバーがトップでゴールした瞬間、スタンドからは地鳴りのようなどよめきが起こった。それもそのはず、13番人気の牝馬が向正面でマクって勝ってしまったのだ。
実に単勝は1万4200円。2着モガミキッカとの枠番連複は9400円(当時はまだ単勝、複勝、枠番連複の3つのみ)であった。
荒山は「喜びよりも驚きが大きかった」と言うだけに、検量室前にもどってきて初めて、厩務員の前で顔をほころばせた。初の重賞制覇にして、初のG1制覇達成である。

レース前、厩舎サイドから「自由に乗ればいい」と言われていた。そこまで言ってくれる陣営に、荒山自身が応えたのだろうか。
「これだけ大きいレースになると、いつもとは違って、動きたいときに動けなくなることがある。あれだけの言葉をもらって、毎回同じレースをしていたのではいけない。ならば……結果、勝てて本当によかった」。
陣営の期待、荒山自身の変化が勝利をもたらしたと言ってもいいのではないか。確実に荒山自身もホワイトシルバーも、そして勝利の女神までもが動き出した瞬間である。

骨膜炎

次戦、第30回東京記念(G2)はステイヤーの晴れ舞台でもある。東京オリンピックを記念して創設された2400mの長距離。
船橋の桑島孝春騎手騎乗のビッグランサーが圧倒的な1番人気を集めた。ホワイトシルバーは前走でG1馬に輝いたにもかかわらず、6番人気であった。
「人気は自分でつけるものではないからね。新聞を見て、人気は5~6番手ぐらいかなと分かっていた。前走が13番人気で勝っているので、低い人気でも仕方はないとね。しかし、自分の中では絶対に負けないという気持ちが大きかった。相手はビッグランサーだけだと」。

スタートしてみれば全馬が控える競馬をした。ホワイトシルバーは、ハナに立ったサクラハイスピード、モガミキッカの後ろにつくことになった。2コーナーを回ったところで前2頭を交わしハナに立つと、なんとそのまま押し切ってゴールしてしまったのだ。
直線ではビッグランサーの桑島孝春騎手が全身を使って、懸命に追って接戦を演じたのだが……。
「直線に入っても交わしてくる馬はいなかった。最後の1ハロンで案の定、外からビッグランサーが差してきた。向こうのほうが脚はよかったが、交わされる心配はなかった。クビ差だったけどね」。
重賞2連勝。ここでもマクリで勝ってしまう。以前はハミをかけるのに苦労してはいたが、自らハミをかけるようになり、馬が一変しだしたのだ。
「もともと追い出してからの反応とか手ごたえはいい馬。今まで以上に人間の反応により素直になり、これまでとは違うレースをするようになった。行きたいときに行かせるのが、この馬に合っている。道中抑えて、直線で追い出すという走りよりも、『おまえが走りたいように走れ』と」。

レース後、喜びもつかの間、両前脚の球節に骨膜炎を起こしてしまう。球節がどんどん大きくなり、炎症が悪化してきた。
ホワイトシルバーは、気性面の問題だけを除けば、体調にはなんら問題なく、いつもレースを使っていた。これまでレース後に疲れが出たり、故障したりすることはなかった。丈夫なミルコウジ産駒ゆえんだろうか、荒山もその点では心配はしていなかったのだが……。
「歩様にその影響は見られなかったのだが、これだけ大きいレースを2連勝して、かなり脚に負担があったかもしれない。東京記念直後には、放牧に出すことも考えた」。

陣営は、次走に予定していた暮れのグランプリである東京大賞典への出走を断念することまで考えた。獣医や馬主も加わって、何回も厩舎でミーティングが繰り返えされる。獣医は「この状態での出走は五分五分だ」とまで言った。
しかし、東京大賞典はオープン馬だからといって走れるレースではない。ファン投票と推薦で選ばれた強豪が終結する夢のグランプリ。その年の真の実力ナンバーワンを決定するグランプリである。
陣営もせっかくここまできて、選ばれた以上は走らせてあげたいと願うばかりだ。願っているだけでは走れないのは、勝負師ならだれでも分かりきったこと。ここから、ホワイトシルバーのために懸命な治療が施されるのである。
「自分たちでできる限りのことはやって、出走させてやろうと決めた。ただレース前日になっても状況が思わしくなければ、きっぱり出走は取りやめるつもりだった」。
島田厩務員は、ホワイトシルバーのそばから片時も離れずに看病をした。父・荒山徳一調教師自らも脚を冷やし治療にあたった。厩舎のすべての人間も仕事が終われば、交代でホワイトシルバーの脚を冷やしていた。荒山も調教では細心の注意を払い、行きたがる馬をなだめながら負担をかけないようにしていた。

グランプリの栄冠

平成5年、12月29日。治療が功を奏して無事に第39回東京大賞典(現在は2000mだが、当時は2800m)に出走することができた。決して万全ではなかったが、陣営のスターホースの仲間入りをさせたいという努力が実ったのだ。前日の28日、荒山は25歳の誕生日を迎えている。25歳になったばかりの青年と牝馬。この2者が砂上で見せたその走りとは……。
14頭中5番人気、またしても人気が低かった。
「人気うんぬんや、勝ち負けにこだわっていないというわけではなく、とにかく馬が無事で走ってくれればいいという願いだった」。
このときの馬体重は450kg。一番馬体が少なかったときと比べると実に30kg以上も増えている。なかなか調教が進まず、増えない馬体に悩んでいたのがウソのようだ。確実に成長した姿がそこにあった。

予想どおりブルーファミリーの逃げでレースは始まった。ホワイトシルバーは後方から2番目の競馬となる。
「これは脚をかばってのことではなく、いつものようなレースぶりだった。レース中、馬に異変を感じ取ればすぐにレースはやめるつもりだった。しかし、向正面に入ると馬が行く気になった」。
このとき荒山はまるで馬と会話するように「大丈夫なのか」とホワイトシルバーに声をかけている。ホワイトシルバーも「大丈夫だ」と返事をしてくれたように感じたという。
2周目の2コーナー過ぎから徐々に上昇を始め、向正面で追い出し、ハシルショウグンを含め9頭を一気に抜き去る。3コーナーでは逃げる先頭のブルーファミリーに外から並びかけ、4コーナーへ突入する。
「なるべく負担をかけないように乗っていた。向正面でブルーファミリーの早田騎手から『ここでは抜かせない』という雰囲気を感じて、2番手で抑えて3コーナーへ、そして4コーナーでは、目の前を走るブルーファミリーの手ごたえがあまりよくないことに気づいた。ホワイトシルバーは、脚元を気にするような走りではなく、いつもと変わらない走りだった」。
直線に入るとすぐさまブルーファミリーを交わし、直線半ばでは「ガンバレ、ガンバレ、あともう少しだ!」と声を出しながら、無我夢中で手綱を取る荒山の姿。
そこへタイコウストームが猛烈な勢いで迫ってきた。しかし荒山は、タイコウストームの追い上げには気づいていなかったのだ。手を出せばまるでつかまえられるのでは、と思うほどの距離にある目の前に迫るゴール板。それだけしか見えていなかったのだ。
タイコウストームには1馬身半の差をつけて、見事にグランプリの栄冠を手にしたのだ。入厩時は華奢で、気性が難しく、馬体は増えず、なかなか勝てず入着を繰り返す。そんな牝馬が、強敵牡馬を敵に回し勝ったのだ。しかもグランプリに。
検量室前に戻ってきた荒山の目には、大粒の涙を流す島田厩務員の姿が映っていた。だれよりも島田厩務員は、ホワイトシルバーに付きっきりで看病をして、脚の故障を熟知していただけに、よく無事に帰ってきてくれたという気持ちが大きかったのだろう。しかもグランプリに勝利したうれしさが、一気に涙腺を緩ませたに違いない。
「脚の治療に携わった島田厩務員にしてみれば、もちろん勝った喜びよりもあるが、よく無事に帰還してくれたという喜びのほうが大きかったんじゃないかな」。

昨年の同じ牝馬ドラールオウカンに続き、史上5頭目の牝馬制覇の栄冠。しかも重賞3連勝という快挙であった。
ホワイトシルバーの大井競馬デビューウインを振り返ってみれば、この東京大賞典と同じような走り方で優勝していることに気づく。何か象徴的な勝利でもある。
レース後、「なにも言うことはありません、最高です」と答えた荒山。
そのとき父である荒山徳一調教師は、周りからいろいろと声をかけられるものの「馬が強かったから勝ったんでしょう」と、あっさりした様子だったという。
「記者の人が、東京大賞典に限らずほかの重賞で勝ったときでも、コメントをくれないと困っていたのを覚えている。『勝因は?』『今の気持ちは?』と聞かれても、一言『馬が強いから』とだけ答えていた」。
(師と騎手、父と子編へ続く)

ホワイトシルバー 血統表

牝 鹿毛 1988年4月11日生まれ 北海道静内町・富岡弘生産
ミルコウジ ミルジョージ(USA)
センターガーデン
テツトシルバー ティットフォアタット(USA)
ジェッティ(GB)

ホワイトシルバー 競走成績

年月日 競馬場 レース名 距離(m) 騎手 重量(kg) 人気 着順 タイム
H2.4.26 帯広 2歳新馬 900 千葉津代士 53 (3) 5 1:00.6
5.8 帯広 2歳 900 千葉津代士 53 (4) 3 57.7
5.24 帯広 2歳 900 千葉津代士 53 (2) 2 57.6
6.7 岩見沢 2歳 900 千葉津代士 53 (1) 4 1:00.0
6.21 岩見沢 2歳 900 千葉津代士 53 (2) 8 59.7
8.21 旭川 2歳 900 千葉津代士 53 (6) 7 59.6
9.5 札幌 2歳 900 千葉津代士 53 (6) 3 56.2
9.17 札幌 2歳 900 千葉津代士 53 (1) 1 56.1
9.27 札幌 2歳 1000 千葉津代士 53 (7) 6 1:03.2
10.9 札幌 2歳 1100 千葉津代士 53 (7) 1 1:09.9
10.31 函館 2歳 1000 千葉津代士 53 (8) 8 1:03.5
11.23 大井 能力試験 800 荒山勝徳 51.2
12.10 大井 2歳 1500 荒山勝徳 53 (6) 1 1:39.9
H3.1.3 大井 3歳 1600 荒山勝徳 53 (10) 9 1:49.6
2.25 大井 桃花賞 1600 荒山勝徳 53 (12) 12 1:45.4
3.21 大井 すみれ特別 1600 荒山勝徳 53 (9) 6 1:46.2
4.2 大井 さくら特別 1700 荒山勝徳 53 (11) 7 1:53.0
5.4 大井 山吹特別 1700 鈴木啓之 53 (6) 4 1:50.8
5.14 大井 紅ばら特別 1700 荒山勝徳 53 (10) 3 1:50.1
6.2 大井 すずらん特別 1600 荒山勝徳 54 (7) 3 1:42.8
7.8 大井 東京プリンセス賞 1800 荒山勝徳 54 (9) 8 1:56.3
7.25 大井 ひまわり特別 1700 荒山勝徳 54 (6) 4 1:49.9
8.11 大井 カンナ特別 1700 荒山勝徳 54 (9) 2 1:50.6
11.18 大井 サラ系一般B3五 1600 荒山勝徳 53 (2) 9 1:45.5
12.23 大井 サラ系一般B3四五 1400 荒山勝徳 53 (4) 6 1:29.6
H4.1.10 大井 サラ系一般C1四 1600 荒山勝徳 53 (3) 2 1:43.8
3.24 大井 九段坂特別 1700 荒山勝徳 53 (6) 5 1:51.9
4.18 大井 仲春特別 1700 荒山勝徳 53 (1) 1 1:50.5
5.12 大井 サラ系一般B2B3 1500 荒山勝徳 52 (5) 6 1:37.3
6.15 大井 オーロラ賞 1800 荒山勝徳 53 (8) 4 1:57.4
7.3 大井 スタールビー賞 1800 荒山勝徳 52 (4) 5 1:55.8
7.23 大井 トロピカルナイト賞 1800 荒山勝徳 53 (2) 3 1:56.4
8.22 大井 サラ系一般B2三 1200 荒山勝徳 53 (8) 3 1:14.8
9.16 大井 スターサファイア賞 1600 荒山勝徳 53 (11) 1 1:43.1
10.7 川崎 エンプレス杯 2000 堀千亜樹 52 (12) 3 2:09.7
11.13 大井 サラ系一般A2 1600 堀千亜樹 51 (5) 6 1:43.6
12.14 大井 ブルージルコン賞 1800 荒山勝徳 53 (7) 5 1:57.1
H5.1.18 大井 ベイサイドカップ 1800 荒山勝徳 53 (13) 9 1:56.6
2.2 大井 ダイヤモンド
レディー賞
1800 荒山勝徳 53 (12) 1 1:56.1
2.26 大井 梅見月賞 2000 荒山勝徳 54 (12) 1 2:08.2
4.9 大井 卯月賞 1800 荒山勝徳 52 (8) 7 1:55.0
5.10 大井 隅田川賞 1800 堀千亜樹 51 (5) 4 1:52.9
5.31 大井 ブリリアントカップ 1800 荒山勝徳 54 (4) 2 1:54.7
6.17 大井 大井記念 2500 荒山勝徳 52 (10) 7 2:40.9
7.7 船橋 クイーン賞 1800 鈴木啓之 55 (3) 6 1:54.1
9.19 中山 オールカマー 2200 荒山勝徳 54 (13) 13 2:15.7
10.27 大井 グランド
チャンピオン
2000
2000 荒山勝徳 55 (13) 1 2:05.9
11.30 大井 東京記念 2400 荒山勝徳 54.5 (16) 1 2:34.2
12.29 大井 東京大賞典 2800 荒山勝徳 54 (5) 1 3:00.4
H6.4.12 大井 帝王賞 2000 堀千亜樹 53 (6) 10 2:05.6
6.23 大井 大井記念 2500 荒山勝徳 56 (3) 2 2:39.8

副田 拓人
1968年「みゃー、だぎゃー」と言いながら名古屋に生まれる。
競馬フォーラム、競馬ゴールド、ラジオたんぱなどを経て、現在フリー編集者。