TCKジョッキーヒストリーWEB版 Vol.7 御神本 訓史騎手編
- 御神本 訓史 騎手プロフィール
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- ・所属厩舎
- 三坂 盛雄
- ・初騎乗年月日
- 平成11年4月10日
- ・生年月日
- 昭和56年8月25日
- ・出身地
- 島根県
- ・2004年成績
- 435戦53勝(うちTCK42勝)
- ・2005年成績
- 258戦20勝(うちTCK19勝)
■ジョッキー人生七転び八起き
益田のためにも
大井のエースに
騎手人生6年目にして波乱万丈って感じですよ、すでに(笑)。小さい頃から騎手になりたくて、それなりに順調だったんですけど、大好きだった益田競馬がなくなった頃から転換期を迎えちゃって。それから大井に移らせてもらえたと思ったら、たいへんな落馬事故にあっちゃうし。まあ、これだけの経験を積ませてもらえる騎手も少ないし、それを大事にしないとね。
幼少時代(左)
父が益田競馬の調教師だったんで馬はすごく身近な存在でした。子供の頃からそんな環境で育ったから、逆にそれほど騎手になりたいと強く念じていたわけでもなくって(笑)。当り前みたいな感じだったんです。海とか川とか自然に囲まれた中で、ふつうのやんちゃ坊主だったと思いますよ。小学校3年生の頃に初めて乗馬したけど、想像よりも高くてビックリしたなあ。
全般的にスポーツが好きで、中学の時は部活でサッカーやって、スキーも楽しんだりしてましたよ。でも、競馬場にはよく行ってたから、知らず知らず目で覚えたのかもしれませんね。その頃から周りにも騎手になる宣言をしていたんで迷わず騎手学校に進みました。卒業したら益田に戻って、父と一緒にやるんだ!みたいな気持ちで頑張れたんじゃないかと思ってます。
騎手学校時代
益田の4年間は2回もリーディング取らせてもらって、ほんとに順調な滑り出しだったから、突然の閉鎖になったのは寂しかったよ。でも、父の同期だった三坂先生やみんなの尽力で大井に来れたわけだし、気持ちを切り替えてやっていかないとね。落馬事故の時にも、周りのサポートやファンの皆さんからの後押しで復帰できたと思ってるし、これから恩返しをしないと。
今年の春(2005年春)には通算500勝も達成できて、だいぶリズムとか勝負勘も戻ってきたみたいで、もうぜんぜんOKと言ってもいいんじゃないかな。ずっと順調に来ていた分の試練を与えられたと思って巻き返しますよ。競馬さえやっていれば幸せな男なんで(笑)。舞台が変わっても本質は変わりません。大井を背負っていく騎手として認めてもらえるよう、気合いれていきますよ。
騎手学校時代(前列左から3人目)
■オフの楽しみは
まったり休みが明日への活力。
レースの疲れがたまったら、睡眠とマッサージを優先に(笑)。若者っぽくなくてもしょうがないかな。体調管理がいちばんだからね。あとは厩務員さんとか騎手友だちと食事にいったりしてコミュニケーション。みんなとワイワイやりながら、日頃の感謝もできたりして一挙両得ってところだね。
スキーとかも好みなんだけど、ケガには注意しとかないとね。今年の冬、福島で初めてスノーボードにチャレンジしたよ。ほんとはアクティブにしてるほうが好きなんでやりたいことも多いけど、今は馬に乗ってる時がいちばん幸せなわけだし、それだけで満足しておかないと罰あたりかも(笑)。
■座右の銘
「天才は1%の才能と99%の努力である」
自分にセンスがないとは思ってないけど、それよりも積み上げた努力のほうが大きいはずなんで、天才の一言でまとめられたくないかなと(笑)。
■ファンへのメッセージ
ファンのために思いは大きく。
日本でいちばん小さな競馬場から来ても、競馬にかける思いは誰よりも大きいという自負があるから、もっともっと強くなりたいですね。最初はとまどいやプレッシャーもあったし、ケガしたハンデもあったけど、そんなことばかりも言えない状況ですし、皆さんの暖かい励ましは嬉しいです。
なるべく近いうちに重賞を取ることが今の目標。(2006年東京シティ盃で重賞勝利をしました)それから次のステップにいけるよう鍛錬の日々といったところかな。さらに勝ち星を積み重ねて、将来的に中央の大舞台を経験したい気持ちもありますけど、なにより後輩やスタッフのみんなから慕われる騎手になることが一番の望みですね。
■感動の名馬
これから出会える名馬のために。
まずは、益田時代のサントゥールワン。小さい頃から夢だった益田優駿を勝たせてくれたのが印象に残ってます。前のレースまで6連勝してて人気もあったし、いつものレースをすれば大丈夫だと信じていたよ。すごく賢い逃げ馬で折り合いもついてたから、自分がミスさえしなければ勝てるとは思ってたけど、やっぱりゴールした瞬間は感慨深いものがあったなあ。
益田競馬は7割くらいがアラブで、サラブレッドにはない力強さが感じられて楽しかったなあ。独特の乗り味があったような気がするし。その頃は父の厩舎の馬に騎乗することが多かったけど、デビュー3ヶ月目にして日本海特別という重賞を取らせてくれたシリウスファイターも覚えてます。
シリウスファイター
大井は招待レースで2回くらい来たけど勝てなかったし、移籍しても勝てるんだろうかという不安も少しだけありました。それを払拭させたのが、ブラックエンジェル。思い出の馬にあげとかなくっちゃ(笑)。ほんとにその時は歓声も聞えないくらい嬉しかった。この初勝利も忘れられないよ。
そして、大井の準重賞を初めて取らせてくれたネイルアート。後から行くのがベストな馬だったから、2着や3着で脚を余すことも多かったけど、あの時は展開もうまくハマってくれたね。なんとかしたい気持ちが強かったし、鮮やかに追い込みを決められた時は、気分も爽快でいいもんだよ。ひとつのきっかけを与えてくれた馬として、いくら感謝しても足りないくらい。
他には、JRAから転厩してきたハタノアドニス。以前からJBCスプリントでの騎乗依頼があり、大井と日程が重なっていたので迷ったけれど、GIの大きなレースで乗ってみたかったので引き受けた。内枠でスタートも良く、理想の展開になり、経済的なコースでまわれ、直線に入ってからもハタノアドニスらしいしぶとさを見せてくれたので、JBCで2着という良い経験をさせてもらったよ。あと、コアレスハンターとか、いい馬に騎乗させてもらってるけど、まだ大井の経験が少ないからね。
ハタノアドニス
これからじゃないかなあ、ほんとに感動の名馬となる馬に出会うのは。それまでに自分のスタイルを確立して、大井や南関東でリーディングが取れるように頑張っていくよ。その馬に失礼にならないようにね(笑)。
※本コラムは2005年秋頃、御神本騎手にインタビューしたものです。