孤独のダートにゆらめく光と影 サンライフテイオー(全5話)
試練の東京盃編
ジョッキーの闘志、
疾駆する競走馬が巻き上げる砂塵、
ダート上で繰り広げられるレースに一喜一憂する観客。
その舞台裏では、多くの関係者が1頭の競走馬に期待をし、
馬が成長するために血眼になり、表舞台からはうかがい知りえない喜怒哀楽がある。
厩務員が負傷した。クラシックが戦えないという恐怖。
厩務員の仕事までも引き受け調教に没頭する男。
睡眠時間がなくなることなど関係ない。
だが、その結果は。
起死回生を図るために、目を向けた新たな目標とは。
そしてその試練とは……。
負傷と無冠と夏負け
平成8年、TCKは3歳3冠をアメリカ型に一新する。春に3冠すべてのレースを集めたのであった。2連勝した勢いで臨むクラシック。
5月14日、いよいよクラシック1冠目の羽田盃。
ゲート出がよくなかったサンライフテイオーが、このときばかりは勢いよくゲートを飛び出して、好位置をキープすることができた。いつものパターンで、直線で抜け出し、先頭を行く圧倒的1番人気のナイキジャガーに迫るものの、捕らえることなく2着に終わる。
このレースぶりなら、次は勝てるとひそかに高橋三郎は思うのである。
ゲート出が今回はよかったサンライフテイオーだが、そのゲートで思わぬ事故が起こった。ゲート内で急にクビを振り上げ、須田厩務員の親指を脱臼させたのだ。
須田厩務員が負傷したとなれば、高橋三郎ひとりで今後、調教して仕上げていくのは不可能だ。
「須田厩務員の負傷によって、東京王冠賞、東京ダービーに使えなくなるのではと思った」
信頼関係にあった須田厩務員がいなくなればどうなるか。一目瞭然だった。
「とにかく須田厩務員の指が完治するまで、自分にできることはすべてしようと、鞍置きなど負傷に関係なくできる仕度だけを須田厩務員に任せ、追い切り前のウォーミングアップや追い切り後のクールダウンなどすべて自分でやった」
須田厩務員も負傷した指をかばいはするものの、世話を怠ることはなかった。
1ヵ月後の6月6日、東京王冠賞。3歳時はここまで5戦2勝。羽田盃2着の手ごたえから期待をかけて送り出す。
レースでは、直線で先頭のサンライフテイオーに、アイアイシリウスが並び、続いてキクノウインが並び、3頭が横一線になったまま、壮絶な叩き合いがゴールまで展開される。満員となったTCKのスタンドは、その迫力に興奮の渦となり、地響きのような歓声が最高潮に達していた。
アナウンサーが、「3頭横一線! 3頭横一線! 東京王冠賞はだれの手に!」と絶叫する。
三つ巴で飛び込んだゴールは、キクノウインがクビ差で勝利した。サンライフテイオーは、2着のアイアイシリウスに同じくクビ差で破れ3着であった。
「3コーナーからアイアイシリウスがマクリ気味に上がってこなかったら、勝っていたかもしれない」
先頭を走っていたサンライフテイオーに、2コーナーでは9着だったアイアイシリウスがものすごい勢いで、3コーナーで並びかけ、そのまま4コーナーとなだれ込む。そこで脚を使ってしまい、直線でキクノウイン、アイアイシリウスに交わされてしまったのだ。
7月4日、東京ダービーでは、夏負けの体調で出走。その走りは、見た目にも重く、今度こその思いはむなしく4着に沈んでしまった。
「2歳の秋口から3歳のクラシックまで、休まず使い詰めできている。だから東京ダービー後、休ませることにした。今思えばクラシック3冠のどれかを抜けばよかったのかもしれない。当時、3冠のレース間隔が短かったしね。あるいは、新馬戦からクラシックまでのどこかをあければよかったのだろう」
鳴き止むことのないゴール
大きな期待とは裏腹に無冠に終わったクラシック。起死回生を目指して目標にしたのが、大井で初開催されるスーパーダートダービーに絞り込まれる。
スーパーダートダービーはこの年、創設された全国統一グレード3冠のひとつであり、同時に創設されたダートグレードレースGⅡ、南関東G1である。
当時のダート3冠とは、JRA中山競馬場で開催されるユニコーンステークス、そしてスーパーダートダービー、最後に秋の盛岡で開催されるダービーグランプリのことである。
スーパーダートダービーを勝つために、高橋三郎はサンライフテイオーにある試練を与えた。
スーパーダートダービー開催の1ヵ月前の9月26日、前哨戦となる東京盃。
「常にサンライフテイオーは、周りの馬が蹴り飛ばす砂を被ったことがなかった。新場戦から一貫して、先行して自分でレースを作っていく馬だった。それに東京ダービーから復帰したアフター5スター賞まで、少し間隔があいていた。ゆえに今回は1,200mだし、このときに思い切って砂を被せた競馬をしなければ、将来サンライフテイオーは、絶対大きなレースを戦うことはできないだろうし、勝ちもしないだろうし、自分だけのペースでレースを作れなくなるときが必ず来るだろう、だからあのようなレースをした」
これまでの先行するレースから一転、サンライフテイオーを後方で走らせ、砂を被せたのである。
「初めてサンライフテイオーがレースで鳴いた。他馬の蹴る砂を被ったことがなかっただけに苦しかったのだろう。さらに、ただの砂ではない。オープン級の蹴り飛ばす砂は相当に痛いはず。だから、彼はこんなに苦しい思いはしたことがないと鳴いたんだと思う」
ゴールを入る少し手前から、「ヒィー、ヒィー」と鳴き、その鳴き声はゴール後も鳴き止むことはなかった。
ゴール後、須田厩務員に高橋三郎はこう言った。
「これで、この仔は大きくなる。今まで南関東馬同士で走っているときは、相手に砂を被せることはできたけれども、これからはJRA馬と走れば、自分だけが砂をかぶらないでいいというわけにはいかなくなる。強い馬の砂をかぶることで、必ず成長する」
つまり高橋三郎はスーパーダートダービーを見越しての、レースをしたのである。
JRA馬の強豪と戦うには、こういった経験は必要不可欠なのだ。大博打でもあるが、これで必ず馬が変わると確信する。
以後、調教で好時計を連発するようになる。東京盃で砂を被ったことが、確実に結果となって表れてきたのだ。それにこれまでの調教とは打って変わって、午後乗りするようにしたのだ。
「午後乗り(昼からの調教)で、3頭の合わせ馬をしていたとき、ものすごくいいタイムが出た。まるっきり馬も変わって、自分から素直に走れるようになった」
午後乗りのメリットを上げるのならば、朝の調教で馬体が絞れなかった馬が、絞れるようになることだ。
「暗く、寒い朝のうちに調教をして、しっかりと汗をかかずに、まだ日が昇らないうちに馬房に入れても馬体が絞れない。そんなときは無理をして朝調教をするのではなく、陽が昇って気温が高くなってから調教をすることで、無理なダイエットをさせなくとも汗をかかせることができ、自然に馬体を絞ることができる」
無理な汗取り(ダイエット)は、馬体にも負担がかかり、疲れさせてしまうということだ。
(歓喜の勝利編へ続く)
サンライフテイオー 血統表
牡 鹿毛 1993年3月20日生まれ 北海道新冠・武田牧場生産 | |
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ホスピタリティ | テュデナム |
トウコウポポ | |
ティーヴィミニカム | Dickens Hill |
Camera |
サンライフテイオー 競走成績
年月日 | 競馬場 | レース名 | 距離(m) | 騎手 | 重量(kg) | 人気 | 着順 | タイム |
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H7.9.12 | 大井 | 能力試験 | 800 | 高橋三郎 | 52.5 | |||
9.24 | 大井 | 2歳新馬 | 1000 | 高橋三郎 | 53 | (1) | 2 | 1:02.1 |
10.16 | 大井 | 2歳 | 1200 | 高橋三郎 | 53 | (1) | 1 | 1:15.4 |
11.18 | 大井 | ゴールドジュニアー | 1400 | 高橋三郎 | 53 | (5) | 2 | 1:27.8 |
11.30 | 大井 | 青雲賞 | 1600 | 高橋三郎 | 54 | (3) | 3 | 1:43.7 |
12.20 | 大井 | 胡蝶蘭特別 | 1600 | 高橋三郎 | 55 | (1) | 2 | 1:44.8 |
H8.1.17 | 大井 | ゴールデンステッキ賞 | 1700 | 高橋三郎 | 55 | (2) | 2 | 1:50.8 |
2.19 | 大井 | 京浜盃 | 1700 | 高橋三郎 | 55 | (11) | 10 | 1:47.2 |
3.5 | 大井 | 若駒特別 | 1600 | 高橋三郎 | 56 | (1) | 1 | 1:43.6 |
3.26 | 大井 | 雲取賞 | 1700 | 高橋三郎 | 54 | (1) | 1 | 1:47.8 |
5.14 | 大井 | 羽田盃 | 1800 | 高橋三郎 | 56 | (3) | 2 | 1:54.4 |
6.6 | 大井 | 東京王冠賞 | 2000 | 高橋三郎 | 56 | (2) | 3 | 2:07.1 |
7.4 | 大井 | 東京ダービー | 2400 | 高橋三郎 | 56 | (3) | 4 | 2:37.8 |
8.26 | 大井 | アフター5スター賞 | 1800 | 高橋三郎 | 55 | (3) | 6 | 1:53.8 |
9.26 | 大井 | 東京盃 | 1200 | 高橋三郎 | 52 | (8) | 12 | 1:14.1 |
11.1 | 大井 | スーパーダートダービー | 2000 | 高橋三郎 | 57 | (9) | 1 | 2:05.8 |
11.23 | 盛岡 | ダービーグランプリ | 2000 | 高橋三郎 | 56 | (5) | 8 | 2:09.6 |
H9.6.26 | 船橋 | 京成盃グランドマイラーズ | 1600 | 佐々木竹見 | 57 | (2) | 3 | 1:41.2 |
7.28 | 大井 | サンタアニタトロフィー | 1600 | 佐々木竹見 | 55 | (2) | 4 | 1:41.1 |
8.28 | 大井 | アフター5スター賞 | 1800 | 佐々木竹見 | 55 | (4) | 8 | 1:54.7 |
10.2 | 大井 | 東京盃 | 1200 | 早田秀治 | 55 | (9) | 13 | 1:15.2 |
副田 拓人
1968年「みゃー、だぎゃー」と言いながら名古屋に生まれる。
競馬フォーラム、競馬ゴールド、ラジオたんぱなどを経て、現在フリー編集者。