TCKコラム

TCK Column vol.18

あるすい星の死 ツキノイチバン(全3話)

運命編

どの世界にも、すい星のごとく現れ、多くの人を魅了して、そして突如、去っていく悲劇の主人公がいる。F1ドライバーならジル・ヴィルヌーブ、スターなら赤木圭一郎だ。
TCKにもバブル経済が崩壊した直後の1992年、すさんだ世相に救世主ともいえる1頭の新星が現れる。その圧倒的な速さ、強さで多くのファンを魅了すると同時に、TCK連勝タイ記録を樹立する。
しかし、新星はコース以外で、己ではどうすることもできない敵と戦わなければならなかった。
そして、TCK連勝記録に挑戦した平成6年10月27日、その新星の輝きは突如奪われることとなった……。

相馬眼の証明

バネのある脚。黒光りする決して大柄ではないが、とてつもない走りをするであろうと想像に難くないバランスの取れた馬体。必ず近い将来にだれもが羨む栄冠を手に入れるはずだ……。

北海道門別町の中館牧場で、福永二三雄調教師はツキノイチバンをひと目見て、そう確信した。そして、なによりもミルジョージ産駒であること。この血以外にほかはないという思いがあった。

なぜなら福永が、手塩にかけ育て、中央に送り出したイナリワンも同じくミルジョージ産駒であった。

イナリワンは昭和61年、2歳の暮れにデビューしてから、無傷の8連勝。昭和の63年の東京大賞典を制覇して、翌年中央へ移籍。
中央では天皇賞(春)、宝塚記念を制し、そして有馬記念では武豊騎乗のスーパークリークをハナ差で差しきって優勝。見事イナリワンはこの年のJRA年度代表馬に輝いたのである。

福永は、平成元年4月29日の天皇賞(春)でイナリワンが勝利する直前、3月8日に門別で誕生したばかりのツキノイチバンの入厩を決めている。イナリワンの強さは必ず中央で通用する。だからこそ中央へ送り込んだのだ。ならば父ミルジョージの価値は間違いなく急騰する。その前に、優秀な産駒を手に入れたいと願っていたのである。

現に、ミルジョージはイナリワンが年度代表馬に輝いた平成元年、初のリーディングサイアーの栄冠を手に入れたのだ。これまで8年連続首位を堅持していたノーザンテーストから奪ったものである。公営ではすでに3年連続1位を獲得しており、中央と公営を合わせたランキングでも初の1位を獲得したのである。

定評のあるダートでの強さ、そしてもうひとつの持ち味である大一番での強さ。その血は、イナリワンが中央で年度代表馬に、ロジータが公営で4冠馬になり、いくつものビッグ・タイトルを手に入れ証明してみせた。そしてもうひとつ証明されたものがある。それは福永の相馬眼であった。

失われた骨液

ツキノイチバンは、クラシックへの夢を見て育成牧場で調教が開始された。ここで順調に調教を積めば、あとはデビューを待つだけだったはずなのだが、イナリワンがたどった歴史的名馬という名の羅針盤が狂いだす。
最悪なことに坂路調教中に左前脚関節を故障したのだ。坂路での負担は大きかったのか。あってはならない故障が発生したのだ。

完治する故障ならいいだろう、これだけの素質馬ならデビューを遅らしてでも、万全な状態でデビューさせたいとだれもが願うはずだ。しかし、この故障は完治するものではなく、これから想像を絶する戦いをツキノイチバンに、そして陣営に余儀なくさせることはまだだれも知る由もなかった。
その故障は左前脚の関節にある骨液がなくなってしまうものであった。
関節の骨と骨が隣り合う場所に骨液がある。この骨液によって骨と骨が直に接触しないように保護されており、なおかつクッションの役割も果たしているのである。骨液がなくなればどうなるか? 着地の衝撃がダイレクトに左前脚の骨を襲うのだ。骨と骨がぶつかり合い、擦れあう骨同士は炎症を起こし、いくら冷ましても引かない熱を持ち、激痛が患部を襲うのである。
前脚の機能は、着地と同時に全体重を支え、これを支点として馬体を前方へ持ち上げる。ここにこれだけの負担がかかるとなれば……。

そのような状態で、はたして出走するどころか、デビューもできるのだろうか。

もう一つの戦い

それからいつ終わるかも分からない治療は続けられた。クラシックを狙うために本来ならデビューしている2歳時のまるまる1年を治療に専念するため棒に振ったのである。
完治することなくようやくスタートラインに立てたのが、3歳7月。
直前の能力試験では、持ったままで1000mを61秒5で怪走する。後続を25馬身引き離す能力は、だれもが目を疑うほどだった。
デビューレースでは、一度も追うことなく9馬身差という圧倒的強さで優勝。さらに3戦目でも、雨で泥だらけになった重馬場ながら、9馬身差の圧勝を演じている。3歳時を4戦4勝の完勝で締めくくったのだ。
直線で、決してムチを入れることなく、持ったままでゴールする。そのレースぶりは非の打ち所がない。
デビューは遅れたが、遅れた分の栄光を取り戻さんばかりの圧勝レースばかり。

だが、連戦連勝の陰で、左前脚の故障による激痛が走れば走っただけツキノイチバンを蝕む。先頭でゴールを駆け抜け、栄誉ある口取りを収めたあと、ツキノイチバンと陣営は厩舎で、この一生完治しない故障という名の運命と戦わねばならなかったのである。
「走れば走るだけ熱を持つ脚は、触っただけで“熱さ”が分かった。ただ冷やして、熱が引くのを待つしかなかった。それ以外方法はない。この熱を取るのに半月はかかったね。痛みも強烈なものだったのだろう。動くこともできず、脚を地面に着けることもままならなかったのだから……」。
期待に違わない強さと裏腹に、当時の状況がいかに緊張を持ったものだったことか、治療に自ら携わっていた福永の言葉からうかがえる。
レース間隔を空け、だましだまし使わざるえない状態。しかし、レースへ出れば常に圧勝するツキノイチバン。そして、毎レース後の懸命な治療が繰り返される。馬も人間も必死だ。

ツキノイチバン 血統表

牡 黒鹿毛 1989年3月8日生まれ 北海道門別町・中館牧場生産
ミルジョージ(輸入) Mill Reef
Miss Charisma
エンゼルスキー マルゼンスキー
ミスカイリュウ

ツキノイチバン 競走成績

年月日 競馬場 レース名 距離(m) 騎手 重量(kg) 人気 着順 タイム
H4.7.5 大井 3歳 1,400 小安和也 54 (1) 1 1.28.2
9.15 大井 3歳 1,600 小安和也 54 (1) 1 1.46.3
10.15 大井 3歳 1,500 小安和也 54 (1) 1 1.38.1
11.8 大井 C1 1,400 小安和也 55 (1) 1 1.29.7
H5.7.15 大井 C1 1,400 小安和也 55 (1) 1 1.28.1
7.29 大井 みずがめ座特別 1,700 小安和也 55 (1) 1 1.48.7
8.3 大井 ロマンチックナイト賞 1,700 小安和也 55 (1) 1 1.46.9
12.25 大井 クリスマス賞 1,800 小安和也 55 (1) 1 1.56.2
H6.1.18 大井 ベイサイドカップ 1,800 佐々木竹見 54 (1) 1 1.52.9
2.28 大井 金盃 2,000 佐々木竹見 51 (1) 1 2.04.9
8.3 大井 アフター5スター賞 1,800 佐々木竹見 55 (1) 1 1.52.8
10.27 大井 グランドチャンピオン2000 2,000 佐々木竹見 57 (1) 中止

副田 拓人
1968年「みゃー、だぎゃー」と言いながら名古屋に生まれる。
競馬フォーラム、競馬ゴールド、ラジオたんぱなどを経て、現在フリー編集者。