東京2歳優駿牝馬

名馬ヒストリー

ここ数年、世界の競馬界は「牝馬の時代」にある。
もちろんその潮流はここTCKにおいても例外ではなく、クラーベセクレタやラブミーチャンといった牝馬たちが輝く砂の上を駆け抜けていった。

そんな時代の始まり。秋の天皇賞でウオッカとダイワスカーレットがハナ差の名勝負を繰り広げた2008年の大晦日。この日行われた東京2歳優駿牝馬が、後に東京ダービーでも単勝1番人気に推される名牝、ネフェルメモリーのTCK初戦となった。
ネフェルメモリーのデビューは馬産地ホッカイドウ競馬、札幌競馬場。コスト削減の一環により地方競馬の開催は休止となってしまったが、かつてはホッカイドウ競馬の中心となる競馬場だった。
そのため、札幌競馬場から羽ばたいていった馬も数多い。札幌でデビューを果たした馬だけでも、地方競馬出身馬初の中央クラシックホースとなった皐月賞馬ドクタースパートなどがいる。
その札幌で新馬戦・フレッシュチャレンジを快勝したネフェルメモリーはあっさり3連勝。早くも2歳夏にしてその素質を発揮することとなった。
旭川で行われた重賞フローラルカップでは一気の距離延長、久々の実戦、前走不慣れな芝コースでの敗戦などが嫌われて単勝13.2倍の4番人気。結果的にはその評価を嘲笑うかのような2番手抜け出し。鮮やかな完勝で故郷ホッカイドウ競馬に別れを告げた。

そのネフェルメモリーが向かったのが船橋の川島正行厩舎。
南関東はおろか地方を代表する名門厩舎で、彼女はさらなる飛躍を図ることとなる。 その転入初戦に選ばれたのが、東京2歳優駿牝馬だった。
1977年に2歳牝馬重賞としてはJRAに先んじて創設された東京2歳優駿牝馬。21世紀に入ると年末開催メインレースのひとつとして開催されるようになり、時期も相まって有数の盛り上がりをみせる。当然レースレベルも高く、当時から世代牝馬最初の頂点を決める競走として確固たる地位を占めていた。
そのレースでもネフェルメモリーは単勝1番人気に支持。
当然他の15頭はネフェルメモリーを意識する競馬になるわけで、彼女にとっては苦しいレースになることが予想された。
しかし、ふたを開けてみればレースはまさにネフェルメモリーの一人舞台となった。
ゲートが開く。好スタートから卓越したスピードで悠々先頭にたち、コーナワークを利して競りかけた馬をいなす。
単独の逃げとなった2コーナー中盤頃から向こう正面で徐々にペースを落とす。
そして、勝負どころ。3コーナーで後続が手綱を動かし、距離を縮めにかかるが、戸崎騎手はすこし手綱を緩める。だが、ネフェルメモリーにはその指示だけで十分だった。後続の奮闘をしり目にそれまでと寸分たがわぬリードを保つ。
そうなると当然、直線は彼女の独壇場となる。
山田信大騎手の豪快なアクションに応えて後続を突き放した2着馬。ゴール前競り合いを制した3着馬。それらの4馬身前にほんの少し追いだした、たったそれだけのネフェルメモリーが駆け抜けていった。

あらためて、レースを見返してみる。
その強さに、2歳馬離れした完成度に、完璧な逃げに、感心した。
しかし、それ以上に驚いたのがゴール直後の戸崎騎手の反応である。
彼はゴール後パートナーを労うと、抑えきれないように口許を緩めたのだ。
大レースを勝って、渾身のガッツポーズを見せる戸崎騎手なら、馬上で勝利を噛み締める戸崎騎手なら、圧倒的な人気に応え安堵する戸崎騎手なら、幾度となく見たことがある。
しかし、こんな楽に勝っちゃっていいのかな。そんな表情でゴール板を過ぎ去る戸崎騎手はこの時が初めてで、それ以降も見たことがない。
言い方が悪いが百戦錬磨の南関東リーディング騎手を『にやけさせる』ほど強い馬。それがネフェルメモリーという馬だった。
その後戸崎騎手とネフェルメモリーは桜花賞、東京プリンセス賞と当然のように牝馬クラシック二冠を達成。
勇躍東京ダービーへ参戦となったが17年間牝馬による戴冠を拒み続けていたタイトルはあまりに重く、ダートでの連勝は7でストップした。

数奇なことに、その2年後東京ダービーを勝った牝馬クラーベセクレタは、道営競馬出身、川島正行厩舎所属で東京2歳優駿牝馬を勝ち、戸崎騎手とのコンビでクラシックを戦った。まるでネフェルメモリーをなぞるかのような後輩をみると、その後東京ダービー制覇へとつながっていく道もネフェルメモリーが切り開いたのだ、そう考えてしまうのは言い過ぎだろうか。

世界的な牝馬の時代、それが南関東にも訪れた。
私にとってネフェルメモリーの勝った東京2歳優駿牝馬は新しい時代の到来を高らかに告げる、そんなレースだった。
日刊競馬 佐藤匠

■ネフェルメモリー
生年月日 : 2006年5月4日
血統 : 父 アジュディケーティング
母 ケイアイメモリー
生産 : 北海道日高郡新ひだか町・村上牧場
きゅう舎 : 川島正行(船橋)
生涯成績 : 10戦7勝
主な勝鞍 : 第23回 東京プリンセス賞
第55回 桜花賞
第32回 東京2歳優駿牝馬
第8回フローラルカップ
第33回栄冠賞

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