TOKYO DAISHOTEN
2023年。前年に発表されたダート三冠のレース体系整備に伴い、南関東同士で争う最後のクラシック。
一つの歴史が幕を下ろそうとするその年に、記憶にも記録にも残る令和の怪物が誕生した。
トーシンブリザード以来、22年ぶりに三冠を手にするミックファイアだ。
同馬を管理する渡邉和雄調教師に、その序章となった羽田盃までの軌跡を振り返っていただいた。
ミックファイアの最初の印象は「セリで見た時はまだ体が小さく、どこまで成長してくれるのか心配していました」
「その後、北海道で見るたびにだんだん大きくなっていき、入厩する頃には見た目のもそれなりに仕上がってきました。それでもまだ線も細かったのですが、能力試験の感じも悪くなかったし、新馬戦前の追い切りでは、直線の併せ馬で素晴らしい伸びを見せてくれたので、新馬戦はまず勝ち負けになるのではと期待して送り出しました」
確かに2022年8月19日に能力試験では1着入線だったが、時計も53.6とそこまで目立つものではなく、496キロではあったがまだまだ成長途上という馬体に映ったのを記憶している。
渡邉和雄調教師の期待通り新馬戦を好時計で圧勝し、臨んだ2戦目。先手を取ると後続を寄せ付けることなく1:40:7での勝利。
当然馬場差はあれど、この年の重賞ハイセイコー記念の勝ち時計よりも1秒早く、2歳戦のマイルでは、2010年に東京2歳優駿牝馬を勝ったクラーベセクレタに次ぐ歴代2番目のタイムだった。
そして距離を伸ばし3戦目のひばり特別では「真冬なのに一頭だけ汗がダラダラで、とにかく滅茶苦茶入れ込んでました」とパドックを見ていても不安はあったが、終わってみればあっさりと逃げ切り3馬身差の完勝。「このレースで、これはクラシックに行ってもやれそう」と師が手応えを感じた瞬間だった。
私も、ファンの方たちも三冠馬誕生の期待を抱いた一戦だった。
クラシック制覇へ向け、年明け初戦として雲取賞に出走予定だったが、爪に不安がでてしまい「雲取賞に向けて入厩させたが、追いきりの途中でアレ?と思い自重しました。爪も痛そうで春は全部休ませようかとも思いましたが、能力がある馬だし一生に一度のクラシックの舞台。ミッドウェイファームに依頼し、チップの坂路でやってみてダメなら春は諦めようと決断しました」
陣営の熱意が通じたのか羽田盃にはギリギリ間に合った。
「それでも登録の順番では32番目。過去に乗ったジョッキーはお手馬もいたし、抽選漏れの可能性もあったので厳しいかなと思っていたのですが。どんどん順位が上がってきたのでジョッキーを探しました。そして御神本騎手が空いていて騎乗をお願いしました」
名手御神本ジョッキーとの出会いは偶然であり、必然だったのかもしれない。
決してここまで楽な道のりではなかったが、ようやくここで全てのピースが揃った。
週末に降った大雨の影響が残り稍重で行われた2023年の羽田盃。
当日のパドックに登場したミックファイアはかなり入れ込み、うるさく発汗が目立つ状態。そして体重もマイナス16キロ…。
正直私も久々の実戦で初めての重賞、大幅体重減のミックファイアを見て、さすがに今回は厳しいのかなと思ったのを今でも覚えている。
渡邉和雄先生も「この気配を初めて見た人は『これは買えないだろう』という状態。5か月ぶりで体重減、極度の入れ込みで最初10倍くらいだった単勝オッズが、パドックが始まると一時20倍くらいになっていたのを覚えています。私も正直、これはどうか…と思ったが、ただ3戦目も同じような感じで勝ってくれたし、何とかなってくれないかなと思いレースを見ていました」
そんな不安をよそに好発を決めたミックファイアは、道中も久々とは思えない行きっぷり。勝負所では有力馬たちの手が動き始める中、抜群の手応えで直線に入ると、メンバー最速37.2の上りで2着ヒーローコールに6馬身差。歴代1位の破格のタイムでの圧勝だった。
「直線グングン伸びてくるミックファイアの走りに自然と震えたのを覚えています。ギリギリ間に合った状態でこのパフォーマンス。爪が持ってくれたら次はもっといい状態で臨めるし、ダービーは絶対負けないだろうと」
との言葉通り東京ダービー、JDDを制し現行体系で最後の無敗の三冠馬となったミックファイア。
鮮烈にラストイヤーを締めくくったが、その一冠目の羽田盃での衝撃は、永世に語り継がれるレースと言って過言でないはずだ。
そして新体制3年目となる羽田盃が今年もやってくる。
ここからまた新たな歴史が動き出す。
日刊競馬 市川 俊吾