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地方競馬では4月末のホッカイドウ競馬を皮切りに、続々と新馬戦が始まっている。それから約1年後、6月前後に日本各地で行われるそれぞれの地区の「ダービー」。競馬を見ている我々からしてみれば2歳戦とはその勝ち馬を誰よりも早く見つけるための探索活動と言いかえることもできるだろう。

私の場合、そのとき一番強いと思える馬を見つけるたび「わが心の東京ダービー馬」と決めつけ、追いかけることにしている。強力な転入馬がいたり、期待馬に一頓挫あったりで浮気や、そのまま乗り替えたりもすることもあるが、それを含めても「わが心の東京ダービー馬」たちがダービーの栄冠をつかんだことは残念ながら一度としてない。

今回は一途に追いかけた「わが心の東京ダービー馬」がその栄冠に最接近を果たした2011年の東京ダービーを振り返らせていただきたい。

南関東2011年クラシック世代のスタートは浦和の新馬戦。後のダービー3着馬キスミープリンスが激しい競り合いを制して幕が開けた。そんな中、私の心を始めからつかんで離さなかったのは、そこから3週間後、川崎競馬場で行われた新馬戦でデビューを果たしたヴェガスという名前の牡馬だった。新馬戦が行われた川崎の向こう正面からスタートする900メートル戦はとにかく前が止まらず先行有利。そんな中、後方からレースを進め、前を進む馬をごぼう抜きにしたヴェガスの末脚はいまでも鮮烈な印象を残している。私の記憶が正しければ直線で一旦カメラの視界から外れ、ふたたび写ったときには位置を大きく上げ、まるでヴェガス1頭だけがワープしたかのように見えた。この馬こそ来年のダービー馬に違いない、こうしてヴェガスを中心にした2歳戦線が始まった。

ところがその後のヴェガスは順調にはいかなかった。立て続けに2歳戦を制して2連勝を果たし、夏場にはJRA新潟遠征。ここまでは期待馬のローテーションを歩んだが、そこからは重賞好走があったものの自己条件では完敗もあり……。なにやら掴みどころのないレースが続いた。

長い間結果を残しきれなかったヴェガスだったが、クラシック直前のクラウンカップで最低人気ながら追い込んで2着を確保。賞金を加算すると、続く羽田盃も3着と復調を果たす。しかし、羽田盃の勝ち馬クラーベセクレタはヴェガスの1.6秒前にゴールを駆け抜けていた。どうやら、相手はとんでもないばけものらしい——。それでも、私のヴェガスに対する信頼はなぜか微塵も揺るがず、ダービーその日を迎える。

そして運命のゲートが開いた。道中最後方を進んだヴェガスだったが、向正面でファジュルが一気に位置を上げると連れてまくり気味に進出を開始。4コーナーでは4番手にまで押し上げると、直線入り口ではクラーベセクレタの直後に迫る。単勝1.2倍の大本命を破る大金星……。一瞬そんなイメージすら湧いた。

しかし、相手はいま振り返れば歴代屈指ともいえる名牝。4角で先頭に並びかけたタフな競馬にもかかわらず39秒0の上がり最速タイでレースを締めくくられ、ヴェガスも同様の上がりで食い下がりはしたものの、その差を1馬身差に縮めるのがやっとだった。

新馬戦で見つけた「わが心の東京ダービー馬」。結果敗れはしたものの、そこからヴェガスを約1年間追いかけた私にとって2011年の東京ダービーはまぎれもなくヴェガスのダービーだった。

日刊競馬 佐藤 匠