TCKコラム

TCK Column vol.50

父と子、そしてホワイトシルバー(全5話)

死の生還と見ることのない仔編

年度代表馬の名誉と栄光を獲得した。
翌年、最初のレースである帝王賞では鞍上が変わった。
落馬して骨折した脚は全治8ヵ月の重賞。
復帰は秋になりそうだ。
しかし、馬主の熱意に、6月23日、次戦大井記念に出走する。
ゴール直後、ホワイトシルバーに恐怖が襲いかかる。
「自分が完全な体でないばかりに、馬になんらかの負担をかけてしまったかもしれない……」。
「この馬は殺させない。厩舎につれて帰る」。
この馬ならきっと立ち直ってくれるという強い思いの師。
奇跡的な回復と繁殖への道。
しかし、仔の活躍を見ることのない師……。
成し遂げた偉業の物語。

荒山が聞いた音

平成6年。明けて6歳になり、3ヵ月の休養後の4月12日、当時春開催であった帝王賞へ出走する。しかし、このとき鞍上に荒山の姿はなく、堀千亜樹騎手が手綱を握っていた。レースでは、休み明けということもあり、10着という結果に終わった。
荒山は帝王賞の前、調教中にほかの馬で、落馬をして足を骨折していた。医師が下した診断は、全治8ヵ月の重傷。手術をして、ギブスで固定された足で病床の人となっていた。このとき馬主が病院に訪れ、帝王賞に出てほしいと願うのだが、この足ではどうにもならなかった。

次戦は6月23日の大井記念と決まった。6月に入り荒山は、リハビリを開始したばかりでもあった。そんな時、再度、馬主から鞍上を依頼される。一度は断るものの、頭まで下げられ「荒山君でなければこの馬はダメなんだ」とまで言われるのだ。馬主の熱意に荒山は、騎乗を受託するのである。
騎乗を受けた以上、自分の足を理由にヘタなレースはできない。プロとしての準備がそこから始まるのである。
「医者からは無理だとまで言われたが、レースまでに間に合わせるため、リハビリをハードなものに切り替えた」。
しかし、思った以上に自分の体がいうことを聞いてくれない。このままレースに出走すれば、馬主に迷惑がかかることになる。気力に体がついてきてくれない。悶々とするなか荒山は、馬主に現状を説明することにした。だが、馬主はそれでもいい、荒山に乗ってほしいと伝えたのである。

荒山はその期待に応えるべく、大井記念が行われる開催から復帰を果たす。しかし、騎乗するのは、ホワイトシルバー1頭のみ。出走するレースもホワイトシルバーとともに大井記念1戦のみに絞った。
「乗った以上は馬主さんにも迷惑をかけたくない、不甲斐ないレースはしたくはないという思いで乗った」。
まだ骨折した足には、ボルト4本が埋まっている状態だった。

「3コーナーのところで、脚の送りの異変に気づいた。止めようかどうか迷った」。
それでも直線に入れば気力は衰えることなく走り続ける。
ゴールまであと1ハロンの距離で、サンライフを交わした。だが、今度は佐々木洋一騎手騎乗のノーブルウイナーに差され、そのままゴールされてしまう。
「ノーブルウイナーが来ていたのは分かった。交わされて負けたというより、ホワイトシルバーの脚のことしか頭になかった。だからゴールした瞬間、負けたことより無事にたどり着いてくれたという安堵のほうが大きかった」。
だが、その瞬間、ホワイトシルバーに恐怖が襲いかかる。
「ゴールした瞬間、『バキッ』というすごい音がした。自分が完全な体でないばかりに、馬になんらかの負担をかけてしまったかもしれない……。馬に申し訳ないことをしたという思いだった」。
荒山が聞いたその音は、ゴール直後にホワイトシルバーが右前脚を骨折した音だった。

奇跡と見ることのない仔の活躍

獣医はその場で、予後不良の診断を下した。
それを聞いた荒山徳一調教師は、ものすごい剣幕で怒り「この馬は殺させない。厩舎につれて帰る」と言って、処分させなかったのだ。とてもじゃないがこのまま回復の見込みがあると思える状態ではなかったのだが……。
厩舎では必死の看病が続いた。馬は寝ることができず、立ち続けている状態であった。立ち続けるということは、馬にとって生死にかかわることである。立ち続けることで、蹄に汚物がたまり、そこから感染して、蹄が腐ってしまうのだ。すなわち蹄が腐ることは、立つこともできなくなり、死を意味するのである。さらにホワイトシルバーは脚を骨折している。一度寝てしまえば自力で起き上がることは不可能だ。
「父は獣医に、俺の言ったことだけをやってくれ、あとは俺が責任を持つからと言って、ギブスを巻かせ、父が数日間、寝ずに付きっきりで看病していた」。

ホワイトシルバーは4~5日間、寝ずに立ったままの状態が続いた。体は常に汗をかき、450kgあった馬体は痩せ細っていくばかりである。そして、疲れてきたのだろうか、とうとう横たわってしまった。
「横たわったときには、厩舎の関係者全員が集まって、このまま起き上がれなくなるのではないかと不安の眼差しで見守っていた。そしたら、しばらくしてすぐに起き上がってくれた。きっと、馬も自分で起き上がれるかどうかを確かめたんだと思う」。
奇跡的な回復を見せたホワイトシルバー。まさしく厩舎関係者の執念が成し遂げたものだった。それから1ヵ月以上かけて、厩舎ではさらに看病を続けた。馬も問題なく寝起きをするようになり、骨折の完治のメドがたった。さらにうれしいことに北海道へ繁殖に旅立つことが決まったのだ。一命を取り留めただけでなく、馬生をまっとうすることまでできるようになった。

骨折後、ホワイトシルバーはまるで別の馬じゃないかと思うほどに変わったという。
あれほど人間を見るやいなや突進してきたり、噛みついてきたりしていたにもかかわらず、逆に人間を頼ってくるようになった。
「きっと馬も分かるんだろうね。人間が自分のためにここまでしてくれたとね。そして、父があそこまで言って助けたのは、この馬ならきっと立ち直ってくれるという強い思いがあったからじゃないかな。獣医さんの言うとおりに『分かりました』と言っていたらこの世にいないのだから……」。

繁殖としても優秀であり、現在、中央でその仔どもが活躍している。ジェイドロバリーを父に持つエドモンドダンテス(牡4歳、音無厩舎)は、500万、1000万条件を連勝している。
荒山の父・荒山徳一調教師は、仔の活躍を見ることなく、ホワイトシルバーが引退してまもなく他界した。

ホワイトシルバー 血統表

牝 鹿毛 1988年4月11日生まれ 北海道静内町・富岡弘生産
ミルコウジ ミルジョージ(USA)
センターガーデン
テツトシルバー ティットフォアタット(USA)
ジェッティ(GB)

ホワイトシルバー 競走成績

年月日 競馬場 レース名 距離(m) 騎手 重量(kg) 人気 着順 タイム
H2.4.26 帯広 2歳新馬 900 千葉津代士 53 (3) 5 1:00.6
5.8 帯広 2歳 900 千葉津代士 53 (4) 3 57.7
5.24 帯広 2歳 900 千葉津代士 53 (2) 2 57.6
6.7 岩見沢 2歳 900 千葉津代士 53 (1) 4 1:00.0
6.21 岩見沢 2歳 900 千葉津代士 53 (2) 8 59.7
8.21 旭川 2歳 900 千葉津代士 53 (6) 7 59.6
9.5 札幌 2歳 900 千葉津代士 53 (6) 3 56.2
9.17 札幌 2歳 900 千葉津代士 53 (1) 1 56.1
9.27 札幌 2歳 1000 千葉津代士 53 (7) 6 1:03.2
10.9 札幌 2歳 1100 千葉津代士 53 (7) 1 1:09.9
10.31 函館 2歳 1000 千葉津代士 53 (8) 8 1:03.5
11.23 大井 能力試験 800 荒山勝徳 51.2
12.10 大井 2歳 1500 荒山勝徳 53 (6) 1 1:39.9
H3.1.3 大井 3歳 1600 荒山勝徳 53 (10) 9 1:49.6
2.25 大井 桃花賞 1600 荒山勝徳 53 (12) 12 1:45.4
3.21 大井 すみれ特別 1600 荒山勝徳 53 (9) 6 1:46.2
4.2 大井 さくら特別 1700 荒山勝徳 53 (11) 7 1:53.0
5.4 大井 山吹特別 1700 鈴木啓之 53 (6) 4 1:50.8
5.14 大井 紅ばら特別 1700 荒山勝徳 53 (10) 3 1:50.1
6.2 大井 すずらん特別 1600 荒山勝徳 54 (7) 3 1:42.8
7.8 大井 東京プリンセス賞 1800 荒山勝徳 54 (9) 8 1:56.3
7.25 大井 ひまわり特別 1700 荒山勝徳 54 (6) 4 1:49.9
8.11 大井 カンナ特別 1700 荒山勝徳 54 (9) 2 1:50.6
11.18 大井 サラ系一般B3五 1600 荒山勝徳 53 (2) 9 1:45.5
12.23 大井 サラ系一般B3四五 1400 荒山勝徳 53 (4) 6 1:29.6
H4.1.10 大井 サラ系一般C1四 1600 荒山勝徳 53 (3) 2 1:43.8
3.24 大井 九段坂特別 1700 荒山勝徳 53 (6) 5 1:51.9
4.18 大井 仲春特別 1700 荒山勝徳 53 (1) 1 1:50.5
5.12 大井 サラ系一般B2B3 1500 荒山勝徳 52 (5) 6 1:37.3
6.15 大井 オーロラ賞 1800 荒山勝徳 53 (8) 4 1:57.4
7.3 大井 スタールビー賞 1800 荒山勝徳 52 (4) 5 1:55.8
7.23 大井 トロピカルナイト賞 1800 荒山勝徳 53 (2) 3 1:56.4
8.22 大井 サラ系一般B2三 1200 荒山勝徳 53 (8) 3 1:14.8
9.16 大井 スターサファイア賞 1600 荒山勝徳 53 (11) 1 1:43.1
10.7 川崎 エンプレス杯 2000 堀千亜樹 52 (12) 3 2:09.7
11.13 大井 サラ系一般A2 1600 堀千亜樹 51 (5) 6 1:43.6
12.14 大井 ブルージルコン賞 1800 荒山勝徳 53 (7) 5 1:57.1
H5.1.18 大井 ベイサイドカップ 1800 荒山勝徳 53 (13) 9 1:56.6
2.2 大井 ダイヤモンド
レディー賞
1800 荒山勝徳 53 (12) 1 1:56.1
2.26 大井 梅見月賞 2000 荒山勝徳 54 (12) 1 2:08.2
4.9 大井 卯月賞 1800 荒山勝徳 52 (8) 7 1:55.0
5.10 大井 隅田川賞 1800 堀千亜樹 51 (5) 4 1:52.9
5.31 大井 ブリリアントカップ 1800 荒山勝徳 54 (4) 2 1:54.7
6.17 大井 大井記念 2500 荒山勝徳 52 (10) 7 2:40.9
7.7 船橋 クイーン賞 1800 鈴木啓之 55 (3) 6 1:54.1
9.19 中山 オールカマー 2200 荒山勝徳 54 (13) 13 2:15.7
10.27 大井 グランド
チャンピオン
2000
2000 荒山勝徳 55 (13) 1 2:05.9
11.30 大井 東京記念 2400 荒山勝徳 54.5 (16) 1 2:34.2
12.29 大井 東京大賞典 2800 荒山勝徳 54 (5) 1 3:00.4
H6.4.12 大井 帝王賞 2000 堀千亜樹 53 (6) 10 2:05.6
6.23 大井 大井記念 2500 荒山勝徳 56 (3) 2 2:39.8

副田 拓人
1968年「みゃー、だぎゃー」と言いながら名古屋に生まれる。
競馬フォーラム、競馬ゴールド、ラジオたんぱなどを経て、現在フリー編集者。