TCKコラム

TCK Column vol.36

記録、記憶、そして運命 コンサートボーイ(全5話)

3番枠の夢編

ダートグレード制が敷かれた初めてのダートグレードGI。
舞台はトゥインクル、第20回帝王賞。
場内は6万人のファンの呼吸、ため息、感嘆、絶叫が交錯する。
中央対公営という図式だけで、6万人も集まるはずがない。
最強馬による、中央、公営を代表するジョッキーによる最強の競馬を見たい。
だれもが渇望する、だれもが興奮するレース。
だからこそ、ファンが集まるのである。
そしてその舞台裏では、1人のジョッキーの周りで運命が輝く。
勝てる気がするんだ! 負ける気がしない!

運命の20m

 前年14着と惨敗した帝王賞に再び臨むこととなる。この年からダートグレードグレード制が敷かれ、帝王賞がその記念すべき第1回となり、最高ランクのGIに格付けされた。
 中央からはバトルライン、シンコウウインディ、キョウトシチーなどが参戦し、迎え撃つ公営勢では、コンサートボーイ、アブクマポーロの南関東2強が筆頭であった。

当時、船橋のアブクマポーロは、コンサートボーイと同年代であり、着実に力を付けてきていた。

 中央馬対公営馬という図式が分かりやすかったのだろうか、また交流重賞はほとんど中央馬が独占していた状況で、公営馬は交流競走18連敗中でもあった。それゆえ、中央馬勢と南関東の2強との対決が注目され、この年の帝王賞は、6万人以上のファンが詰めかけ、特にパドックでは隣の人の肩が触れ合い、投票窓口の前では長蛇の列ができた。
 その大勢のファンから1番人気へ推されたのは、バトルラインであった。コンサートボーイは4番人気。かしわ記念でバトルラインの先着を許したからだろうか。また、かしわ記念では太め残りだったという報道があったが、これは間違いだ。栗田泰昌は指摘する。
「かしわ記念ではバトルラインが55kgに対して、こちらは58kg。それに距離もマイルだったからね」
連覇したマイルグランプリが528kg、かしわ記念での馬体重は527kg。そして帝王賞では526kgだったので、体が絞れていなかったというわけではない。

 鞍上はこれまでの内田騎手が騎乗停止となってしまったので、川崎記念で騎乗した的場騎手に乗り替わった。ここに大きな運命がある。
 内田騎手が騎乗停止となったことで、帝王賞の3日前に栗田繁調教師はすぐさま的場騎手に声をかけている。
「パドックと馬場を結ぶトンネルから出てきたところで、先生に声をかけられてね。
『コンサートボーイに乗ってくれ』と。それからほんの20メートル歩いたら、今度は大山一男先生から、テツノセンゴクオーに騎乗する宮浦正行騎手がケガで乗れないから、乗ってくれと。あれは運命だね。すでにコンサートボーイの騎乗を受け入れたので、テツノセンゴクオーは断った。もしこれが逆だったら、テツノセンゴクオーに乗っていたよ。先に返事した馬に乗らなければ失礼だからね」

息子の夢

 的場騎手は、本来なら帝王賞へは自厩舎の馬で出走の予定だったが、その馬が故障したため、帝王賞は見学することに決めていたのである。それに、コンサートボーイの騎乗も、これまでも依頼があったのだが、自厩舎の馬を優先させることで、断ったこともあった。ゆえに、もう声はかからないだろうと思っていた。しかし、川崎記念でのあの豪脚は頭から離れない……。

 そんなときに思いもしない騎乗依頼があり、その夜、的場騎手は調整ルームから自宅へ電話している。
「待望のコンサートボーイだし、この馬だけは乗ってみたいという気持ちはあったから。それに、声をかけられたときから勝てる気がした。なんかツキがあるのかなとね。
もちろん武豊騎手のバトルラインをはじめ有力馬が多数いるのは分かっている。それで妻に電話で、『勝てる気がするんだ。負ける気がしない』と言ったよ」
 たいていの騎手ならば、急遽有力馬に乗れることになれば興奮するものだろう。だが、的場騎手はこのときものすごく冷静だったという。だから妻に勝てる気がすると自然に口から出たのだ。
 その数時間後、今度は自宅から電話がかかってきた。
「当時、中学3年の長男から、『おやじが帝王賞に勝った夢を見たよ。しかも3番枠で』と言われた。まだ枠順も発表されていないのに! そしたら枠順が発表されてみれば、本当に3番枠だった! 実は私も夢を見た。勝ち負けするいい勝負だった夢をね!」

 これぞ史上まれにみる名勝負。公営を代表する的場騎手と石崎隆之騎手、中央を代表する武豊騎手の3人。そして、その3人の手綱にあるダート最強馬の3頭による競り合いにだれもが陶酔した。レース後もスタンドの声援は鳴り止まず、人馬、厩舎ともに大井のエースが制したのだ。
栗田泰昌もこのレースは名勝負だと言う。
「うまく競り合いに持ち込めたし、ゴール前では耳を絞って、負けてたまるかという闘争心がにじみ出ていた。すごい根性があった。勝ちたいと思って勝てるものではないから競馬は。でも初のダートグレードレースとなった帝王賞だから勝ってほしいと思っていた。的場騎手が優勝し、石崎騎手が2着、武豊騎手が3着となり、公営と中央の代表する3人の騎手が、まさにしのぎを削った名勝負だった」

 レース当日は、パドックから返し馬、レースとすべてにおいて流れがよかったという。
「調子のいいときはそういうものだよ。また、本命じゃないだけに、人気が4番だったということもあって、こちらも気楽に乗れた部分はあったね」

 コンサートボーイの調子も最高潮に達していた。
当日は、かなり蒸し暑かったが、不思議なことにレース前日までの数日間は梅雨寒ともいうべきか、かなり気温が低く、暑さに弱いコンサートボーイの調整に天も味方したのだ。栗田泰昌は、夏バテの素振りをまったく見せていないし、毛ヅヤもよかったと振り返る。
(勝機の追走編へ続く)

コンサートボーイ 血統表

牡 鹿毛 1992年4月29日生まれ 北海道門別町・船越三弘生産
*カコイーシーズAlydar
Careless Notion
コンサートダイナ*ハンターコム
*コンサーテイスト

コンサートボーイ 競走成績

年月日 競馬場 レース名 距離(m) 騎手 重量(kg) 人気 着順 タイム
H6.7.19 旭川 2歳新馬 900 堂山直樹 52 (2) 1 55.7
8.18 旭川 2歳 1000 堂山直樹 52 (1) 6 1:01.8
9.8 旭川 2歳 1000 井上俊彦 53 (1) 1 1:02.5
9.29 札幌 2歳 1100 佐々木一夫 55 (1) 1 1:06.5
10.12 札幌 ジュニアカップ 1700 佐々木一夫 54 (3) 4 1:47.5
11.10 帯広 北海道2歳優駿 1800 國信滿 54 (2) 2 2:00.3
11.23 川崎 能力試験 800 山崎尋美 53.0
12.6 川崎 ローレル賞 1600 山崎尋美 54 (2) 1 1:44.9
12.29 川崎 全日本2歳優駿 1600 山崎尋美 54 (2) 4 1:43.1
H7.2.9 大井 京浜盃 1700 山崎尋美 55 (6) 2 1:49.2
4.12 大井 黒潮盃 1800 山崎尋美 56 (4) 2 1:54.2
5.4 大井 羽田盃 2000 山崎尋美 56 (3) 2 2:06.4
6.8 大井 東京ダービー 2400 山崎尋美 56 (2) 2 2:35.4
9.27 大井 東京盃 1200 山崎尋美 53 (7) 3 1:12.5
11.9 大井 東京王冠賞 2600 高橋三郎 57 (1) 2 2:51.3
12.21 大井 東京大賞典 2800 高橋三郎 54 (7) 8 3:03.2
H8.1.18 大井 東京シティ盃 1400 山崎尋美 58 (2) 4 1:26.8
2.21 船橋 報知グランプリカップ 1800 石崎隆之 57 (2) 1 1:51.3
3.5 大井 金盃 2000 石崎隆之 56 (1) 1 2:06.3
4.11 大井 マイルグランプリ 1600 石崎隆之 57 (2) 1 1:39.0
6.19 大井 帝王賞 2000 佐藤隆 56 (5) 14 2:07.1
8.26 大井 アフター5スター賞 1800 石崎隆之 57.5 (2) 3 1:53.6
9.26 大井 東京盃 1200 石崎隆之 57 (2) 8 1:13.3
10.30 大井 グランドチャンピオン2000 2000 石崎隆之 57 (1) 3 2:05.5
11.18 大井 東京記念 2400 石崎隆之 58 (1) 2 2:35.5
12.29 大井 東京大賞典 2800 石崎隆之 56 (4) 2 3:01.4
H9.2.5 川崎 川崎記念 2000 的場文男 56 (4) 3 2:07.3
2.27 大井 金盃 2000 石崎隆之 58.5 (1) 3 2:06.9
4.9 大井 マイルグランプリ 1600 内田博幸 57 (2) 1 1:39.2
5.28 船橋 かしわ記念 1600 内田博幸 58 (2) 3 1:39.1
6.24 大井 帝王賞 2000 的場文男 57 (4) 1 2:04.9
9.24 船橋 NTV盃 2000 内田博幸 57 (1) 7 2:09.1
10.29 大井 グランドチャンピオン2000 2000 内田博幸 57 (2) 2 2:05.7
12.9 大井 かちどき賞 1800 内田博幸 59 (1) 1 1:54.1
H10.10.2 大井 能力試験 1500 的場文男 1:35.3
10.28 大井 グランドチャンピオン2000 2000 的場文男 56 (3) 3 2:06.2
11.12 大井 東京記念 2400 的場文男 59 (2) 1 2:35.1
12.23 大井 東京大賞典 2000 的場文男 56 (5) 3 2:06.0
H11.10.13 大井 能力試験 1500 内田博幸 1:38.9
10.28 大井 グランドチャンピオン2000 2000 早田秀治 56 (5) 6 2:08.7
11.30 大井 東京記念 2400 早田秀治 58 (3) 9 2:38.7
H12.1.10 大井 東京シティ盃 1400 的場文男 58 (6) 8 1:27.3

副田 拓人
1968年「みゃー、だぎゃー」と言いながら名古屋に生まれる。
競馬フォーラム、競馬ゴールド、ラジオたんぱなどを経て、現在フリー編集者。