Café Americano

Café Americano vol.01

第1回「アメリカ競馬と大井競馬場の絆」

 温暖な南カリフォルニア。その北部に位置するロサンゼルス市近郊に、私が籍を置くU.S. Equine 社はあります。これからアメリカ西海岸より、皆様にアメリカ競馬を中心としたコラムをお届けしていきます。

 今号からスタートするCafé Americano。私がこの名前を選んだ理由は、「アメリカ発信であること」と、「ほっと一息」入れてもらうコラムの名称にしようと思い至った、単純な理由なのです。同じ名前のメニューが、日米のスターバックスにありますが、あまり関係ありません(笑)エスプレッソに純水を流し込んだカフェ・アメリカーノのように、混じり気のない、すっきり後味で書いていきたいと思います。ぜひご愛読ください。

1995年、覚えていますか?

 広く知られているように、TCKと米国・サンタアニタ競馬場は、友好提携を結んでいて、その歴史も来年で20年になります。締結した1995年。日本では、決して忘れてはならない阪神・淡路大震災が発生。その他暗い事件が起こる中、Dreams Come Trueの「LOVE LOVE LOVE」が愛を前向きに語る曲調で大ヒット。古い競馬ファンが記憶しているのは、JRAでジェニュイン・タヤスツヨシ・マヤノトップガンが3歳牡馬クラシックを分けあったこと、TCKでは、現調教師の藤村和生騎手(当時)がジョージタイセイで東京ダービーを勝ち、当時まだ2,800mで施行されていた東京大賞典が、地方・中央の全国指定交流競走になりアドバイヤボサツが優勝したことでしょうか。(新しい競馬ファンは、まだこの世に生を受けていない・・・そういうことは書かないことにします)

ダート競馬の世界最高峰を目指せ

 「TCKを世界に名だたるダート競馬場に押しあげたい」というTCKの強い意志は、産みの苦しみを伴ったものの、米国・サンタアニタ競馬場との日米競馬交流事業をスタートさせるに至りました。

 サンタアニタ競馬場は、サンガブリエル山脈を背景にアール・デコ調の建築が映える、世界でも名だたる美しい競馬場として知られ、過去には名馬・シービスケットやジョンヘンリーを輩出。当時から、世界トップクラスのダート競馬場として知られていました。現在の互いの友情を鑑みると、この友好提携は、TCKのみならず相互に功を奏したのでした。お互いがお互いのレース体系、ファンサービス、その他に多分な刺激を受け発展に寄与。例としては、大井競馬場では「ダイアモンドターン」がオープン。競馬と食事を同時に楽しめるようになりましたし、改装したウィナーズサークルも、よりアメリカのイメージに近くなりました。サンタアニタはファンサービスを更に充実させるようになり、ついには今シーズンから、金曜日は夕方から競馬を開催するようになりました。皆さんが楽しんでいるTOKYO CITY KEIBA。実はアメリカから影響を受けていることが、数多くあるのです。

友好関係の結晶「東京シティカップ」と「サンタアニタトロフィー」

 皆さんに毎年楽しんで頂いているサンタアニタトロフィー。実は95年までは関東盃という名称で施行されていましたが、友好提携を機に改名。追って2005年には、サンタアニタで長く続いたサンバーナーディーノハンディキャップが改称、G3レースに昇格して「東京シティカップ」として施行されるようになりました。かたやTCK夏競馬の風物詩、一方はブリーダーズカップ・マラソンのステップレースとして位置する重要な競走になり、日米のファンが楽しめるレースになりました。毎年、両競馬場の代表がそれぞれ訪れ、友好関係を深化させています。

 サンタアニタトロフィーでは、過去にレッドアラートデイが米国から参戦しTCKの馬たちとしのぎを削るという、斬新な試みも行われました。結果は15着に終わりましたが、新しい友好の形を見せてくれました。日本の文化交流イベント・ジャパンファミリーデーも同時開催している東京シティカップ。カリフォルニアにおける日本文化の啓蒙に一役買っていますが、それもこれもTCKの皆さんの努力の賜物というわけですね。

真の競馬の国際交流は、遠い先の話じゃない。

 アメリカも日本も、そして競馬も社会も、「これでいい」となった時に終わりを告げます。さらに次の段階へ前進したいという前向きな気持ちが、競走馬を進化させ社会を発展させています。かつてTCKが名馬・ハイセイコーや思い出に残るフジノウェーブを産んだように、サンタアニタが産んだ怪物・ゼニヤッタは、20戦19勝。牝馬として初めてブリーダーズカップ(BC)・クラシックを優勝。今年はカリフォルニアクロームが、サンタアニタダービーからケンタッキーダービー・プリークネスステークスを連勝し2冠を達成(掲載当時)。お互いに、記憶と歴史に残る優駿たちを輩出し続けています。今年は、サンタアニタが3年連続・8回目のBC開催地として選出。ますます全世界のホースマンたちの注目を集めています。これもTCKとの交流で得たファンサービスの重要性が反映された結果と言えるでしょう。

 「有馬で取っても、これを取らなきゃ年を越せない」(と個人的に思う)東京大賞典が、国際競走・G1に格付けされたのは2011年。周回方向は逆でも、2,000メートル(米国では1&1/4マイルと表記します)という距離はBCクラシックと一緒(全世界の競馬のトレンドや、スピードとスタミナのバランスを考えると、やはりチャンピオンディスタンスはこの距離であるべきでしょう)。そんな、年末最後の「遅れてきたクリスマス」「一足早いお年玉」レースである大賞典に、「毎年のように米国から大賞典を目指して、BCクラシック優勝馬が参戦してくる・・・」なんて夢を個人的には抱いています。

 でも、競馬産業に関わった以上、そんな夢があってもいいでしょう!私がお墓に入る頃(あと50年くらい?)にはTCKは左回りになり、羽田空港は外国馬と関係者でごった返し、各国のVIPがアスコットのようにTCKを社交場に使う・・・。いいじゃないですか、そんな夢を持ってても。だって、競馬は夢のスポーツですから。

 でも、この夢もそんな遠い先の話ではない気がしています。常に新しいことに挑戦し続けるTCK。かつてのキャッチフレーズ「No Guts, No Glory」。それはまさにTCKのスピリットそのものですから。

 次稿では既にアメリカ三冠レースも終わっている頃でしょうから、アメリカ競馬・春の盛り上がりも含めて、皆様に情報をお届けしたいと思います。

筆者:沼本光生
1980年東京生まれ。U.S. Equine, Inc., Sales & Operations。競馬を見始めて、もう20年。日本の大手印刷機メーカー勤務後、2008年に単身渡米。アメリカっぽく2回ほど転職した後に現職。趣味が仕事になったので、新しい趣味を探し中。

(写真:Photo Chestnut, Co)