TCKコラム

TCK Column vol.46

父と子、そしてホワイトシルバー(全5話)

増えない馬体編

「ホワイトシルバーは一番の思い出。自分を大きく成長させてくれた」。
ホッカイドウ競馬から大井競馬へ移籍してきた、
華奢な牝馬の主戦ジョッキーは、こう振り返る。
気性が難しく、その牝馬は常にイライラして、
馬房では人間を見れば、飛びかかる。
ゲートを嫌い、ゲート内で暴れる。
このままでは、能力試験ができない。出走できなくなる。
昭和30年代、騎手として黄金時代を築いた調教師は、
この牝馬と付きっきりでゲート練習をする。
厩舎の努力が実り大井競馬デビューウインをするのだが……。
勝てない長いトンネル、増えない馬体……。
しかし、その先には想像もつかない栄冠と栄光が待ち受ける!
死線をさまよう大事故と奇跡の生還。
1頭の牝馬と父・調教師、子・騎手の栄冠獲得までの4年の日々。

飼い葉を食べない

牝馬であるホワイトシルバーは、平成2年4月、帯広競馬場でデビューして、11戦2勝でホッカイドウ競馬から、大井競馬の荒山徳一(あらやまとくいち)厩舎に同年秋に転厩してきた。
自厩舎の馬主ではなく、人伝いに馬主を紹介されて入厩してきたのだ。めぐり合わせという偶然。この運命のめぐり合わせが、ホワイトシルバーの成功と、生命の危機からの救出というドラマを生むとは、まだ知る由もない。

調教をするのも一苦労なら、その前に調教へ連れて行くために馬房から出すのもさらに一苦労であった。
「どの馬でも人が近づくだけで調教をすることを察知し、自ら近づいてくるものだけど、ホワイトシルバーは調教が嫌なのか、頭がよすぎるのか、人につかまえさせなかった。だから2人がかりで、表と裏の扉から、どちらかを向いたスキに、どちらかがつかまえることの繰り返しだった。そうしなければ調教に連れて行けなかったから」。
だがこれだけではない。ホワイトシルバーはもともとゲートというものに入ろうとしないのだ。たとえ入っても中で立って暴れたりするから、ホッカイドウ競馬の厩舎から気をつけるようにと注意されていた。大井競馬へ来てからもゲート練習を重ねたがやはりゲートに入ってくれない。無理やり入れても中で立ち上がってしまう状況だった。しかし、これではゲート試験に受かるはずがない。
「父が午後のだれもいない馬場にゲートまで連れて行って、ゲートは怖くないんだよ、大丈夫だよということを教えるために、ゲートの中に飼い葉桶を吊るして、ゲートの中で食事をさせたりするなど付きっきりでゲート練習をして、なんとかゲート試験は無事クリアーすることができた」。
能力試験に合格するまで、厩舎関係者は相当な苦労をする。それでも難しい気性や飼い葉をなかなか食べてくれないこと、調教が思うようにできないことには違いがなかった。

デビューウインと12戦0勝の3歳

そういった状況のなかでも平成2年12月10日、転厩初戦を勝利してしまう。2歳最後のレースを勝利で締めくくった。しかし、飼い葉食いが悪いだけに、馬体重はホッカイドウ競馬最後のレースより、マイナス11kgの427kgであった。
「デビュー戦は後方からの競馬だった。初めて乗る馬だったから、どんな感じか見るためにも後ろから行った。そしたら手ごたえがよかった。向正面で脚色でも見てみようという気持ちだったのだが、外からスーと動いて、そのままマクリ切って優勝してしまった」。
転厩してからの苦労した日々、その反面マイナス11kgながらのデビューウイン。もしかしたらこれは……という関係者の期待は膨らんだ。
そして、この大井競馬デビューウインの走りこそ、後にホワイトシルバーがビッグタイトルを獲得するときと同じ走りだったとは、だれも想像はつかなかっただろう……。

しかし、関係者の期待と裏腹に平成3年、3歳になったホワイトシルバーは、春が過ぎるまでなかなか掲示板に載ることができなかった。この年、12戦0勝、5着以内は5回だけだった。
「やはり気性の問題や飼い葉を食べないということが、馬自身が力を出せなかったという面があった」。
そのため、期待された3歳クラシックだが、クラシックへの出走は東京プリンセス賞だけであった。結果は8着に終わっている。
この平成3年は、強い同世代牝馬がそろっていた夢の時代だった。アポロピンク(東京ダービー)、カールホワイト(黒潮盃)、ケイワンハート(東京プリンセス賞)、スピードデオール(桜花賞)、マウントグローリ(関東オークス)、ダイカツジョンヌ(中央へ移籍し活躍)と大物牝馬の当たり年でもあった。翌年にもカシワズプリンセス、ドラールオウカンといった最強牝馬が出現した。

(転機のオールカマー編へ続く)

ホワイトシルバー 血統表

牝 鹿毛 1988年4月11日生まれ 北海道静内町・富岡弘生産
ミルコウジ ミルジョージ(USA)
センターガーデン
テツトシルバー ティットフォアタット(USA)
ジェッティ(GB)

ホワイトシルバー 競走成績

年月日 競馬場 レース名 距離(m) 騎手 重量(kg) 人気 着順 タイム
H2.4.26 帯広 2歳新馬 900 千葉津代士 53 (3) 5 1:00.6
5.8 帯広 2歳 900 千葉津代士 53 (4) 3 57.7
5.24 帯広 2歳 900 千葉津代士 53 (2) 2 57.6
6.7 岩見沢 2歳 900 千葉津代士 53 (1) 4 1:00.0
6.21 岩見沢 2歳 900 千葉津代士 53 (2) 8 59.7
8.21 旭川 2歳 900 千葉津代士 53 (6) 7 59.6
9.5 札幌 2歳 900 千葉津代士 53 (6) 3 56.2
9.17 札幌 2歳 900 千葉津代士 53 (1) 1 56.1
9.27 札幌 2歳 1000 千葉津代士 53 (7) 6 1:03.2
10.9 札幌 2歳 1100 千葉津代士 53 (7) 1 1:09.9
10.31 函館 2歳 1000 千葉津代士 53 (8) 8 1:03.5
11.23 大井 能力試験 800 荒山勝徳 51.2
12.10 大井 2歳 1500 荒山勝徳 53 (6) 1 1:39.9
H3.1.3 大井 3歳 1600 荒山勝徳 53 (10) 9 1:49.6
2.25 大井 桃花賞 1600 荒山勝徳 53 (12) 12 1:45.4
3.21 大井 すみれ特別 1600 荒山勝徳 53 (9) 6 1:46.2
4.2 大井 さくら特別 1700 荒山勝徳 53 (11) 7 1:53.0
5.4 大井 山吹特別 1700 鈴木啓之 53 (6) 4 1:50.8
5.14 大井 紅ばら特別 1700 荒山勝徳 53 (10) 3 1:50.1
6.2 大井 すずらん特別 1600 荒山勝徳 54 (7) 3 1:42.8
7.8 大井 東京プリンセス賞 1800 荒山勝徳 54 (9) 8 1:56.3
7.25 大井 ひまわり特別 1700 荒山勝徳 54 (6) 4 1:49.9
8.11 大井 カンナ特別 1700 荒山勝徳 54 (9) 2 1:50.6
11.18 大井 サラ系一般B3五 1600 荒山勝徳 53 (2) 9 1:45.5
12.23 大井 サラ系一般B3四五 1400 荒山勝徳 53 (4) 6 1:29.6
H4.1.10 大井 サラ系一般C1四 1600 荒山勝徳 53 (3) 2 1:43.8
3.24 大井 九段坂特別 1700 荒山勝徳 53 (6) 5 1:51.9
4.18 大井 仲春特別 1700 荒山勝徳 53 (1) 1 1:50.5
5.12 大井 サラ系一般B2B3 1500 荒山勝徳 52 (5) 6 1:37.3
6.15 大井 オーロラ賞 1800 荒山勝徳 53 (8) 4 1:57.4
7.3 大井 スタールビー賞 1800 荒山勝徳 52 (4) 5 1:55.8
7.23 大井 トロピカルナイト賞 1800 荒山勝徳 53 (2) 3 1:56.4
8.22 大井 サラ系一般B2三 1200 荒山勝徳 53 (8) 3 1:14.8
9.16 大井 スターサファイア賞 1600 荒山勝徳 53 (11) 1 1:43.1
10.7 川崎 エンプレス杯 2000 堀千亜樹 52 (12) 3 2:09.7
11.13 大井 サラ系一般A2 1600 堀千亜樹 51 (5) 6 1:43.6
12.14 大井 ブルージルコン賞 1800 荒山勝徳 53 (7) 5 1:57.1
H5.1.18 大井 ベイサイドカップ 1800 荒山勝徳 53 (13) 9 1:56.6
2.2 大井 ダイヤモンド
レディー賞
1800 荒山勝徳 53 (12) 1 1:56.1
2.26 大井 梅見月賞 2000 荒山勝徳 54 (12) 1 2:08.2
4.9 大井 卯月賞 1800 荒山勝徳 52 (8) 7 1:55.0
5.10 大井 隅田川賞 1800 堀千亜樹 51 (5) 4 1:52.9
5.31 大井 ブリリアントカップ 1800 荒山勝徳 54 (4) 2 1:54.7
6.17 大井 大井記念 2500 荒山勝徳 52 (10) 7 2:40.9
7.7 船橋 クイーン賞 1800 鈴木啓之 55 (3) 6 1:54.1
9.19 中山 オールカマー 2200 荒山勝徳 54 (13) 13 2:15.7
10.27 大井 グランド
チャンピオン
2000
2000 荒山勝徳 55 (13) 1 2:05.9
11.30 大井 東京記念 2400 荒山勝徳 54.5 (16) 1 2:34.2
12.29 大井 東京大賞典 2800 荒山勝徳 54 (5) 1 3:00.4
H6.4.12 大井 帝王賞 2000 堀千亜樹 53 (6) 10 2:05.6
6.23 大井 大井記念 2500 荒山勝徳 56 (3) 2 2:39.8

副田 拓人
1968年「みゃー、だぎゃー」と言いながら名古屋に生まれる。
競馬フォーラム、競馬ゴールド、ラジオたんぱなどを経て、現在フリー編集者。